モーニングセット【A】
久しぶりの短編小説アップです★
―――ったくふざけんじゃないわよあのバーコードハゲ部長!
ノートパソコンのキーボードをカタカタと叩きながら、私は心のなかで悪態をついた。
今日は土曜日。うららかな秋の日射しが午前の社内に差し込んで、床をやわらかく照らしている。
こんなにいいお天気の日になぜ休日出勤をしなければならないのか―――憤りが胸にこみあげて憤懣やるかたない。
あっ、やばいエンター強く叩きすぎた。
焦ってキーを横から覗き込む。よかった、へこんでない…。
そもそもの休日出勤の原因はバーコードハゲにある。あいつが取引先への書類提出の締め切りを一週間勘違いしていたのだ。
「……っのくせに自分はまんまと交流会行きやがって!あたしの金返せ!」
実は今日、年に一度の社内交流会だった。自由参加なのだけれど、給料から自動的に経費が積み立てられているので大体の人は参加している。確か今年はキャンプ場で日帰りバーベキューだったような。
あたしも当然行く予定だったのだ。だけど行けなかった。…ハゲのせいだ!
勢いのまま上書き保存する。
あーあ…あたしもそろそろお昼にしようかなぁ。みんな今ごろ豪勢に肉食べてんだろなぁ…。
腕時計を見ると12時になる一歩前だった。朝作ってきたサンドイッチと、さっきいれたコーヒーをもって立ち上がる。
光が差し込む窓辺に腰かけて、あたしはサンドイッチにかじりついた。なんだ、てきとーに作ったわりにはうまいじゃん。
そのまま、たまにコーヒーを飲んだり、5階からの外の景色を眺めたり、意味もなくぼーっとしたりして昼の時間をすごす。
自分がいるところ以外電気が点いてなくて暗い静かな社内は、妙に落ち着いてあたしはすっかり気を抜いていた。
だから気付かなかった、人が入ってきていたことに。
「柳瀬」
「わあぁっ」
びっくりしたびっくりしたー!!一体だれよ!
後ろから声をかけられて振り返れば、そこにいたのは同期で同僚の蓮見だった。思いもかけない男の登場に一瞬息がつまる。
「…っ、蓮見!いきなり声かけないでよびっくりするなぁ」
「いや、結構音たてて入ってきたつもりだったんだけど」
「…気付かなかったよ。休日だし今日交流会の日だもん、あたしの他に誰か来るなんて思わないじゃん」
「そっか。びっくりさせたなら悪い」
そう言って彼は自分のデスクにカバンを置きにいく。
ほんとは謝らせちゃうほど怒ってなんかない。けど、完全に気を抜いててぼけーっとしていた自分をよりにもよってこいつに見られたのが恥ずかしくてまくしたててしまった。
動悸がおさまらないままつっ立って蓮見を見ていると、やつはコーヒーを入れはじめた。
…くっそう。その動作ひとつひとつにもときめくのはあたしがこいつに惚れてるからか。
なんだか悔しくて唇を噛むと、コーヒーをいれ終えた蓮見が窓辺に寄ってきて唇噛むなよ、とそっと呟いた。
そうして手に持っていたたった今いれたコーヒーを、私の手に渡す。ミルク入りだ。
「え、これ蓮見んじゃないの?」
「オマエのだよ。俺はコーヒーはアイスしか飲まないってオマエ知ってるだろ」
…そういえばそうだった。
じゃあなんで、とほかほかと湯気をたてるコーヒーを見つめると、意図を感じ取ったのか聞いてもないのに蓮見が答える。
「入ってきたときもうコーヒー湯気たってなかったし、残り少ないからさ。2杯目いるかなって。いつも2杯目ミルクで飲むだろ」
―――答えられなかった。
……だからなんで!あんたってそういちいちツボおさえてくんのよ!
最初好きになったきっかけもそうだった。
新人研修でお昼が一緒になったとき、あたしがハムレタスのサンドイッチか卵のサンドイッチかで迷っていると、俺こっち買うから柳瀬さんこっち買ったらと言って半分分けてくれたのだ。
そんなの気にならないほうがおかしい。
だけどきっと皆が彼のそういうところにひかれてるんだろうと思う。だからあたしは変な期待はしないようにしているのだ。
「今日はどしたの、蓮見も休日出勤?」
「あー…うんまぁ、そんなとこ」
「なによ歯切れわるいなあ」
「俺よりオマエ、なんで一人なんだよ」
…なんだそれ、どういう意図の質問?
「確かに今日の休日出勤は部長のせいだろうけどさ。同じ担当のやつ、他にも何人かいるんだろ。そりゃ柳瀬がリーダーかもしれないけど」
「まぁ…そうなんだけどべつに呼び出すほどじゃないかなって。だって皆には交流会行ってほしいじゃない。あたしはもう5年目でいー加減知り合いだらけだし」
そう言って笑うと蓮見が顔をしかめた。聞き取れない声で何かを呟く。
うん?なんでそんな反応?てかなんて言ったの?
「ごめんなんて?もう一回」
近寄ってせがむと、蓮見がチッと舌打ちをした。
その瞬間、腕をつよく引かれてバランスを崩す。気がついたら蓮見に抱きしめられていた。
一瞬頭が真っ白になる。
あたしが寄りかかってもびくともしない広い胸とか、背中に感じる力強い腕とか、体温とか、耳に届く息づかいとか。
そんなのがぜんぶまぜ合わさって、どうすればいいのか分からない。
あたしの耳は絶対赤くなっているだろうし、鼓動も速くなっているはずだ。
恥ずかしい、聴かれたくないと思う。だけど…それ以上に離れたくない。だって好きな男なんだもん。
無意識に蓮見の胸元のシャツにしがみつく。びくっ、と一瞬蓮見の腕のつよさがゆるんだかと思うと――― 顔を上げさせられて唇を奪われた。
「は…っ、」
触れるだけのキスだ。過去付き合ってきた人とも何度もしたような。―――だけどなんでこんなに、痛いほど胸がじりじりするんだろう。
頭のなかのどこかが叫ぶ。―――もっと、
「柳瀬…」
低くかすれた蓮見の声ではっと理性を取り戻した。
ギャーッ、あたし今欲望に任せて何を!
「柳瀬、お願いだから」
狼狽えるあたしに、なおも蓮見は艶めいた声でささやいた。
「お願いだからオマエはもっと自分を優先させろ」
「…………へ」
自分を優先…?
「今日だってそうだ。なんでいつも自分を一番最後に考える。あたしはいいからってそればっかり、だから」
だから俺いっつもオマエを甘やかしたくて仕方なくなるんだ。
蓮見はあたしの目を見つめてそう言った。
「なによそれ………………………、」
そんなの、あたし期待するよ。呟くと、耳に低い声が届く。
「…すればいいだろ。そうするように仕向けてんだから、入社したときから」
「………………………………………へ?」
なんだか今聞き流せない言葉を聞いたような。
「覚えてるか、サンドイッチ」
急展開に頭が追いつかず、ただこくこくと首を縦に振る。だってそんなのあたしがこいつを意識し出した出来事だ。
「あれが最初。きっかけは…そうだな、結構初めて会ったときから自分のこと後回しだなって印象はあったけど、昼ご飯の社食でのメニュー選び?柳瀬やっぱり他の奴に順番譲ったんだよな」
覚えてる。確かにあの時、あたしは皆に先を譲った。そして時間がなくなって結局売店でサンドイッチを買うことにしたのだ。
「それ見たとき、俺が甘やかしてやんなきゃってなぜか漠然とそう感じて」
じゃないとこのひと多分一生自分のこと後回しだ、って。
「…だから、あの時?」
おそるおそる至近距離の蓮見を見上げる。
「うん、半分こ」
…どんだけ優しく肯定すんのよ。なんか胸キュンキュンしすぎて痛いし…鼻がツンとする。
「なによ。―――じゃああたし、最初っからあんたの手のひらの上だったんじゃん」
「は?…それどういう」
あぁもう、なんでこれで伝わんないかな。
「だから…蓮見のことが好きだって言ってんの」
伸び上がって蓮見の耳元で言うと、蓮見が一瞬、ほんとに一瞬目を見開いた。
それを確認して、視線を合わせてにこっと笑ってやる。すると、オマエ、涙目で笑うとか反則。とかなんとか言って、もう一度あたしを抱きしめる。今度は心地よさに身を任せた。
「…当分は、皆には秘密な」
バレるの、なんかやだ。
「うん、やりにくくなるのも嫌だしね」
子どもみたいな蓮見の言葉とむず痒い空気に二人でクスクス笑って、ふと思う。
「…そういえば、結局なんで蓮見休日出勤してんの?」
「それ…、聞く?」
「だって気になるじゃん」
じっと見つめて言葉を待てば。
「だからー…、」
「ん?」
「オマエが…、柳瀬が今日休日出勤で交流会来れないって朝知ったから。…だからあっちドタキャンして来たんだよ」
「…えと……それも、甘やかし?」
「そーだよ!悪いか」
20代も半ばの男が耳を赤くしてそっぽを向いた。思わず顔がほころぶ。
「ありがとう。…明日からは、あたしが毎日アイスコーヒー作ってあげるね」 約束。
笑って小指を差し出すと、約束だからなと恋人が微笑む。
「あ、でもオマエの2杯目は俺にいれさせろよ。それは俺の特権にしたい」
真面目な顔で『したい』なんて言葉を使う蓮見にときめいた。
―――最悪の休日出勤になるはずだった今日の土曜日が、最高の土曜日に変わった瞬間だった。
まぁ、バーコードハゲに感謝してやらないでもないかなと思いながら―――午後の日差しのなか、あたし達はもう一度キスを交わした。
お疲れさまでした、ありがとうございます!
そんなわけでテーマはオフィスラブだったんですが…オフィスラブに入るんだろうかコレ……笑
このお話がうまれたキッカケは、学祭中にした(一方的に私が)阿呆な妄想デス★
まぁ小説なんて作者の妄想を文字にしただけなんですよね!!←他の方々に超失礼。
開きなおります。あずまの小説はあずまの日々の妄想だー\(^O^)/
さぁ!とりあえずセットのAを食したあなた!Bも味見といこうじゃありませんか!
れっつらGO!