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(完結・増量版)目には目を  作者: 茶川左子(旧:シリカゲル)


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3.組織と家庭(1)

加害者側、リジット伯爵家のお話

しばらくヒューマンドラマ色強めになります



 6月3日

  午前

   王城、外務局中央執務室



 ネキア男爵家の馬車がタウゼント侯爵邸に入った。


 という情報は、ただちに王城にも伝わった一方、すぐには特別な意味を見出されなかった。


 高位貴族や物事に通じた政務官たちにとって旧エルト家縁者の繋がりは説明されるまでもなく既知であったし、エンディオン王子の婚約者へネキア男爵家が地縁と血縁のよしみから個人的に機嫌伺いを使わすのはまったく不自然でなかったからだ。


「殿下の逗留とうりゅうを騒がせたくないとこちらは牽制されているのに、内玄関まで直接車を乗り付けられるとはなんとも羨ましいことだ」


「アルジェンヌ嬢の話となると、侯爵家側の繋がりでは弱いからな。伝手が少なすぎる」


「ネキア男爵家ゆかりの者で王城勤めはまだ見つからないのか? 誰かいれば話がしたいものだが」


「今日の様子がどうにか聞けんかな」


「男爵自身が領地にいるのが痛い」


「あちらの国境の西端はどこかの喧嘩好きの国にも近いですから。まだきな臭くて、砦を遠く離れるわけにいかないでしょう」


 外務局では働く者たちの話題も隣国王子の突然の襲来に染まっている。


「妹君のネキア男爵令嬢が昨年から王都に出て学園に入っていますからね。なんなら馬車で来たのは使者ではなくて妹さんご本人かもしれません」


「ああ、今回はネキア男爵領を通っていても妹とはまだ会っていないのか」


 レシェナのこともそのように彼らの口の端にのぼった。


「妹御はエンディオン殿下には拝謁済みか?」

「記録では何度か」

「初対面ではないんだな」


「こう見直してみると、旧エルトの系列は、母親も娘もあまり噂などを聞きませんな。良いも悪いも話自体がない」


「領地で大人しくしている印象だが」


「目立たないというか」


「アルジェンヌ様もすぐ隣に取られちゃったので、お人柄などはいまいち分かりませんしね」


「不穏な気配はないが、あれでも家が断たれた無念を抱えた旧家だ。遺された者たちには充分すぎる配慮をしたなどと言えるのは我々が安全な位置にいるのもある。中からどう見えているかは分からん。戦争で人が死にすぎたとはいえ最終的に解体を迫ったのは国だからな。急に大国の外戚に連なって、浮かれて搦手から妙なおねだりをされても困る。もう一度最近の動向の確認を」


 がやがやと、推測や邪推に近い話までもやりとりするのは可能性を見落とさないためだ。否定は後で事実確認の中で行っていけば良い。


「あ、自分、今学園に姉妹兄弟を通わせてる奴、何人か知ってます。ちょっと話聞いてきましょうか」


「おお、それはいい」


「できれば男女両方の学生の話があると助かる」


「すぐには情報は出ないだろう。夜に家で聞いてもらうのが良かろうよ」


 もののついでというように上がったそんな話の先で、後に彼らの顔色が一気に塗り替わるような事情が出てくることを、この段階ではまだ誰も気付いていない。


「もし本当に観光なら、打ち込みたい(ネタ)はいくらでもあるんだがなぁ」


「岩塩の関税と燕麦が」


「いや、先に安全条約を」


「水運の技術を見せ札にすれば、次の四カ国協議、なんとかうちも絡めんか」


「こういうの、狩る前のアナグマの毛皮がどうこうって言いませんでしたっけ」


「聖女様方の語録か? 隣国では結構引用されるぞ」


「勉強しまーす」


 緊急対応しやすいように通常業務を巻きで進める外務局は、そんな風に、いつもよりやや割り増しで賑やかだった。





 同日、6月3日

  午後



「…………何?」


 午後のお茶が終わるくらいの時刻。


 微妙に顔色を悪くしたメンバーが一人また一人と外務局執務室へ戻ってきてざわめきの質が変わってきていた。


「ふしだらな娘? ネキア男爵令嬢が?」


「違いますそれ誤情報です!」


「こっちでも話してたんですが、どうもタチの悪い学生が自分の女だと言い始めたのが発端らしく」


「リジット伯爵家だ。男五人女三人のうちの三男。名前はゲルトラン・リジット。学園の卒業資格が出てなくて最終学年を三年目」


「ああ、卒業したがらない手合いか」


 察しのついた者はうんざりとした声を出す。


 家の考え方や経済状況にもよるが、継げる家督や行き先が用意してやれない下級貴族で次男以降の子の場合、『学園までは行かせてやるのでそれを出たら独り立ちしろ』と言い含める例はそれなりにある。


 そういった学生は入学時点で家から戦力外判定をされていることが多く、すると、まあまあな割合で卒業を先延ばしにして、貴族子息でいられる時間をなるべく長くしようとする者が出るのだ。


 稼いだ時間を上手く使って就職先を見つける者もいるにはいるが、そういう人間は通常の在学期間のうちに対処するため、どちらかというとひたすら場当たり的で何も考えていないタイプの生徒の方が多い。


「伯爵は王都か?」


「はい。官職ではないですがこの城にもそれなりに出入りがあるようです」


「息子のうち次男のトールス・リジットが技術官として王城勤務なので人をやりました。運が良ければ親ごと捕まえられるかもしれません」


「よし」


 運は良かったようで、リジット伯爵家当主グイド・リジットはほどなく呼び出しに応じて次男とともに彼らの部屋に現れた。


 この頃になると外務局のトップ陣の一人であるペリアン卿が様子を見に来ており、来訪を聞くとよっこらしょと立ち上がって自分の執務室へリジット伯爵を通した。


「飲み物はなしでいいからね」


 好々爺然とした老人ははやる若手たちに笑いかける。


「まずあちらの話を聞くけど、たぶん御仁は真ん中の息子のことは何も把握してないだろうからね、状況だけ教えたら家に戻して事実確認をさせる感じになると思うよ」


 そして記録と補佐で二名だけ同席させたヒアリングは、実際にその予想通りになった。


 部屋から出てきたペリアン老人は「問題の三男君がちゃんと夜には帰宅するタイプだといいんだけどねぇ」と不吉な言葉で嘆息していた。





 同日、6月3日

  日暮れ後



「デンダール!」


 リジット伯爵家タウンハウス。


 想定より早く帰宅した伯爵はなぜか次男も一緒に連れて帰っており、イライラした様子で長男の名を呼んだ。


「なんですか、父上」


「ゲルトランを呼べ」


「今、なんて?」


「ゲルトの奴、またやらかしたらしいんだ。城で二人でお偉いさんに呼ばれて、学園で女子を追いかけ回してるらしいけどって聞かれちまった」


「くそ、あいつ……」


 リジット伯爵家嫡男のデンダールはひとつ年下の弟からの情報提供に呻く。


 三男ゲルトランの出来の悪さはこの伯爵家の頭痛の種だ。


 考えが浅くて我慢が利かず、意地が悪い性格で、思うようにならないとすぐ大きな声を出したり暴力に訴える。となると当然、常にトラブルが多くてデンダールも長兄として頭を下げた回数は数知れない。小さいうちはまだ未熟でと言い訳もできたが、年齢が上がって改善するどころか悪化した。


「ゲルトランのことは俺は分かりません」


「なんだと?」


「父上が決めたんでしょう!」


 ぎろりと目を剥いたリジット伯爵に、それを遙かに超える剣呑さでデンダールは怒鳴った。


「一年留年したら十分だ、『次はない』と言って聞かせてそれでも翌年卒業しなければもうそこで正式に縁を切って家から放り出すべきだって、俺たちが散々っ、あんなに言ったのに、母上の泣き落としに(ほだ)されて!」


 バンッ、と近場の柱を手のひらで叩く。


 父親のリジット伯爵が「しまった」と「そう言えば」が混ざったような表情をしたのを見て余計に苛立ちが募る。


「母上がうるさいからゲルトランのことは放っておけって言ったのは父上だろ! 知らないですよあいつのことなんて。家令にでも言って、誰か下宿先まで呼びに行かせたらいいんじゃないですか」


 リジット伯爵は基本的に三男には興味がない。


 対応は放任一辺倒(いっぺんとう)で、普段はすっかり頭の中からその存在を忘れてしまっている。


 彼は言ってみれば感情コスパ主義で、気分を煩わされるのを嫌い、問題解決を後回しにしがちな性格である。奔放な息子が小銭を与えれば静かにするなら金をやってしまうし、問題行動が増えると目に入らない場所へ追いやりたがる。


「下宿先……、そうだ、あれは下宿だったか」


 その事実すら忘れていたらしいリジット伯爵の言葉にデンダールは目尻がさらに吊り上がるのをこらえられなかった。


 愚鈍な父親の性質を利用して、ゲルトランは家族のいる窮屈なこの邸宅ではなく、下宿に住んでいる。王都にこの立派なタウンハウスを持ち、学園にそのまま通えるはずで学生寮の入寮資格もない伯爵子息が、わざわざ別宅を借りて自由を謳歌(おうか)しているのだ。ゲルトランが家を出た後、静かになった自宅は実際に驚くほど居心地が良くなったが、「あれを外に出したのは正解だったな」と口走った父親に感じた苦々しさは今も覚えている。


「兄上、母上は今日どうしてる?」


「出入りの商会が主催する美術展の催しに招かれている。夜の軽食も出るから夕食はいらないと言っていたはずだ」


「良かった。言ったら悪いけど、今、屋敷内にいなくて助かった」


 デンダールは次男の率直な言葉につい賛成しそうになった。


 かろうじて肩をすくめるだけにとどめる。


 彼らの母は娘たちには少しびっくりするほど冷淡なこともある割に息子にはどの子にも甘く、問題児のゲルトランが何か起こしたり、彼の放逐(ほうちく)縁切(えんき)りについての話が出ると涙を浮かべてくどくどと憐れみを()く。これが非常にうざったい。


 別にゲルトラン一人だけを贔屓(ひいき)しているわけではないのだが、彼が一番問題を起こすので庇い立てする回数がずば抜けて多い。そういったトラブルのたびに自分の責任でもないのに巻き込まれる別の子供たちは長年に渡って不公平を感じており、ちゃんと罰を与えるべきだとか甘やかすなといった訴えをしても結果的にまったく尊重されない経験が重なりすぎて同等に扱われているとは感じられなくなっていた。


「帰ってきたら話さないといけないと思うが……」


 それをするべき伯爵家当主が初手では逃げるだろうことは目に見えている。


 父親か母親か、もしくはその両方を説教に近い形で言い伏せなければいけないだろう役に自分がいることを嫌というほど理解しているデンダールは、仏頂面をして眉間を指で揉んだ。


「女子……、学園で女子を追いかけている、か。あいつが狙うなら身分は下だな。迷惑をかけている相手のことは聞いたか?」


「ロキシデア地方の男爵家の下の娘みたいな話だった」


「南西の? あっち方面には何も縁がない。うちの家の名が使える家じゃないぞ」


 デンダールは頭の中で地図を広げるが、普段注意を向けていない方面ですぐには脳内検索が機能しない。


「……ロキシデア地方は複数の国と国境を接する」


 黙考なのかフリーズなのかしばらく黙っていた父親が子供たちの会話に口を挟んできた。


「よく知らんが、小さめの領地が群れて、軍事同盟で緩く繋がっているらしい。強い後ろ盾を持たない家が多いと聞いたことがある。少なくともそこまで豊かな印象はないし、王都では家の庇護も届かんのかもしれん。あの愚図(ぐす)め、そういった、(いじ)めやすい相手探しにばかり嗅覚が利く」


 そんな多少の解説と、舌打ちひとつ。


「家と本人の名前は控えてきた。後で調べろ」


 リジット伯爵が胸ポケットから引き抜いて差し出してきた紙片をデンダールは受け取る。四つ折りの植物紙がかさりと鳴った。


「男爵家の娘なら、まあ、なんとかなるだろう」


 その傲岸不遜(ごうがんふそん)な言い様を聞いて、またデンダールの眉が寄る。


「さっきの話の雰囲気だと、上の方に手を回されたのではないですか?」


「そういう噂が耳に入ったという程度のやんわりした世間話だ。事実でなければ良いのだが、少し状況確認をしたいという雰囲気だった」


「けど父上、あの感じ、今日のうちにゲルトの話を聞いて明日もっと詳しく説明しに来いって意味じゃないですか」


 城勤めの次男トールスは毎日の立ち回りにも影響するのだろう。父の顔色を窺いながらも、比較的強めに疑問の声を上げた。

 その問いかけの意味を理解したデンダールは、


「はっ?」


 と思わず叫んでしまった。


「明日? 明日、説明する必要があるのか?」


「直接的に求められたわけではない。調査に時間が足りなければ儂が登城を日延べすればいい」


「勘弁してくれよ。もしぺリアン卿が父上が面談に来るのを待ってたら、俺のところに問い合わせが来るんだぜ。なんて言えばいい? うちの父は昨日聞かれたことをまだ説明できる自信がないから家でいますって?」


「トールス、お前!」


「怒鳴らないでくださーい。父上までゲルトみたいだって言われたくないでしょ」


 冷たい茶化しにリジット伯爵がぐっと言葉に詰まる。


 その間に急いで家令を呼び、デンダールはゲルトラン捕獲の指示を出す。父親が責任を取って動くべきなどと言っている余裕はない。屋敷の警備人員を数名割くことを許し、下男や使用人の中から腕っぷしの強い者を選んで連れていくように命じた。下宿先に帰宅するなら良いが夜遊びに出てしまったらチームを分ける必要がある。人数が必要だった。奇しくもペリアン卿と同じ懸念を抱く若者は、嫌な汗が背中に伝うのを感じる。


(ペリアン卿……)


 さっきトールスが口に出したその名は、馴染みはないがどこかで聞いたことはあるものだ。だとするとそこそこ権力者の可能性もある。それも調べなくてはならないと筆記具を出して壁を下敷きに紙片へ文字を書き足した。


 レシェナ・ネキア男爵令嬢と書かれた隣の文字が、リジット伯爵家の跡継ぎの胸にささやかに爪を立てていた。





アルジェンヌの家族と、ゲルトランの家族。

それぞれの家族の姿。

リジット家はまだレシェナとアルジェンヌの関係に気付いていません。

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