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(増量版)目には目を  作者: 茶川左子(旧:シリカゲル)


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2.再会と相談(3)

※エルトやネキアの戦争相手(まだ微妙に戦争が続いている)の国は、エンディオン王子の国とは別の国です。



 タウゼント侯爵は苦笑いしていた。

 誇らしさを隠しきらぬまま。


「娘はあなたという尊い御身を、現実に我が国まで引っ張り出してしまった」


 婚約者の付き添いついでに観光します、おもてなしはお構いなく、というノリで本当に唐突にエンディオンが来てしまったので、こちらの国の王宮は大慌てである。


 詳しい経緯は省くが、取り扱いを計りかねて王子来訪の事実そのものもまだあまり多くの関係先へは共有されていない。

 王都での歓待役をしれっとタウゼント侯爵家が引き受けつつ『状況を確認するので隣国貴人への軽挙な接触がないように』と牽制したために、国内の外交筋は今は侯爵家からの連絡を待つしかない状態である。次の動きの決めようもなく、まんじりともしない心地だろう。


「アルジェンヌはすでに、婚姻もまだ結ぶ前の他国の子でありながら、貴国にて準王族の地位を賜りました。

 率直に申し上げれば、国力において我が国は貴国に遠く及ばず、貴国の傘の下にある。

 某国とのいまだ消え切らぬ戦火がちらつく中、この国であなたとお二人でいらっしゃるだけで娘の発言力は計り知れません。黒いものを白だと言えば物事を弁えた宮廷中の貴族が媚びへつらって白だ白だと追従ついしょうしましょう」


 おそらくアルジェンヌは、望みさえすれば、妹の敵へどんな裁きをもすることができる。



 繰り返しになるが、アルジェンヌはこのタウゼント侯爵家にとっては養子だ。


 当主や陪臣(ばいしん)があらかた戦死した地方領エルト子爵家の解体にあたり、同家の国防への貢献に報いる形でタウゼント侯爵家で引き取った上の娘がアルジェンヌだ。


 荒削りながら才気と負けん気が強く、お前が力を持てば必要な時に旧エルト家の関係者を守ることもできるのだとたった一度(おし)(さと)せば、後は砂地が水を吸うかのごとく知識を吸い込み何事にも学び、みるみるあでやかな淑女へ成長した。


 教育成果も著しく、それならとそろそろ本格的に社交に出そうとし始めた序盤も序盤にエンディオンに見初められたのが一昨年。

 隣国での教育が主となってあまり存在を示す間もなく姿が見られなくなってしまい、この国の社交界でアルジェンヌはそこまで知られていない。


 で、あるのに、知られぬうちに立場の強さは随一だ。


 「誰だそれ」と

 「逆らったらやばい」が両立している。


 いくらかの貴族女性の輪を除けばアルジェンヌは性格すら定かに評定されておらず、そして貴族というのは、賢い者ほど情報のない相手との衝突を避ける習性がある。



「過ぎるほどの強権です。罰は苛烈になる」


「アルジェンヌも、僕の感じたものを感じたという意味でしょうか」


「それ以上です」


「憎しみを?」


「恐怖を」


「恐怖」


 タウゼント侯爵とエンディオン王子の視線がぶつかる。


「妻も申しました。

 アルジェンヌは強情で愛情深い子です。

 長い期間、自分が知らぬ間に妹が苦しみに耐え、身の危険にさらされていたと知って、怒り、悲しみ、激しく動揺したでしょう。分かっていたことですが今回痛感したはずです。殿下のお膝元へ嫁げば、妹や実母や他の縁者とは遠く離れてしまい、その危機には居合わせないのだと」


 はっとエンディオンが息を呑む。


 彼の元へ来るということは母国を離れるということ。


「あれは遠隔地で身内が傷付き、最後は帰ることもなかった経験をむほどに味わっております。

 父親も兄たちも家臣も親類も幼馴染も皆死にました。

 妹と母親はあれに残された数少ない血縁です。


 旧領の中でも自分たちが生まれ育った領主邸のある区画を割譲されたネキア男爵家に妹と母親が縁付いたことを、アルジェンヌはことのほか喜び、他人が思う以上に己の働きの成果として誇っております。その平穏があれの手の届かぬ場所で脅かされるというのは、あってはならぬことです。


 ゆえに、罰は苛烈になります。


 そうせねばならんのです。


 あの妹には暴虐(ぼうぎゃく)(ぎょ)しがたい姉がいる、手出しが出来ぬとあまねく知らしめねばなりませぬ。それがため、あの娘は殿下をここまでお連れしたのです。


 そしてまた一方で、アルジェンヌは準王族です。


 感情的な判断や、権力を私物化する言動は、何もかもすべていさめる声もなく叶えられながらもあの娘の価値と評判を着実に下げるでしょう。


 王族は私情を通すものですが、私情に屈する王族はその座に見合わない。貴族間の仲介や仲裁を担う王族の私事での裁定や一挙手一投足は、強権ゆえに、我々のような下の者どもからは厳密に見定められております」


 そうタウゼント侯爵は切々と訴えた。


 エンディオンは感じ入り、しばし見入るように年嵩の男を見つめていた。

 その若い胸中には複数の感情が喜ばしく入り乱れていて、すぐさま言語化して口から出すのはあまりに難しく時間が必要だった。


 タウゼント侯爵セヴィアン。


 この男はこの国で指折りの有力貴族であり国政に影響力が強く、分家筋を中心に大きめの派閥を束ねていると聞く。


 アルジェンヌの実父であったとすれば少し年齢が行きすぎているが、未だ老年には遠く見え、がっしりした広い肩幅は揺らぎを感じさせない。アッシュグレイの髪はぴったりとオイルで整えられて一部の隙もなく、かくしゃくとして、濃くはっきりした形の眉の下にのぞく碧眼は強い光を持っていた。


「タウゼント侯」


「は」


「今だけ、義父ちちとお呼びすることをお許しいただきたい。若輩じゃくはいの私に、そのように言葉を惜しまず率直に物を伝えてくれる者は、幼い頃からを振り返っても少ないのだ。自分にはあなたのような方がどれだけ得難えがたいことか。それが私の最愛のお父君であることが、どれほど嬉しく心強いか」


 タウゼント侯爵は沈黙を保ってその声を聞く。


 夫の代わりにルーシャ夫人がかすかに頭を下げて光栄だと示している。


「義父上は、アルジェンヌが身内への不敬を決して許さない態度を過激なぐらい見せつけるとお考えですね? 私が彼女をこの国から引き離してしまった後も、その恐ろしさが噂となって広がり、彼女の大切な人たちを守れるように」


「左様。たとえばリジット伯爵家の降爵、あるいは直接的な取り潰しなどを出すかもしれません」


「取り潰しを?」


 呟いたのは夫人だ。

 夫は彼女へ視線をやって説明を足す。


「あの領地が持つ鉱山をどれか差し出させたぐらいでは強烈な印象にはならないおそれがある」


「鉱山も、法の話ならば十分過剰な要求にあたりそうですが」


 エンディオンが流れを整えるように呟く。


「まあ、そういった贈答はそもそも法とは関わりがございませんものね。詫びの品、謝罪の一部です。本当に悔いていますと形で見せるためのものですわ」


 だから法令に則した金品でなくとも構わない。

 貴族間ではむしろ、あえて極端な内容を押し付けて抗議を圧殺することもあるだろう。


「この国の慣習で、もし相手が鉱山を差し出すとしたら、今回の謝罪としてどう見えますか」


「慣習から見てもやはり過剰でしょうな。

 とはいえ、です。そも、リジット伯爵家はまだ事態に気付いておりますまい。だとすると謝罪の場では産物のエメラルドのアクセサリーを持参する程度から始まりますか。状況が把握できていなければ、子供らの学園内での問題など、せいぜい宝飾品で収まるという見通しで来るかもしれません」


「目録か現物か。物は何を選ぶか。そのものの価値と、レシェナ、ネキア男爵夫人、アルジェンヌのうち誰を何人まで贈り先の視野に入れているかで態度が見えそうですわね」


「いずれにせよ宝石や贈答品ぐらいでレシェナ嬢への仕打ちを許せるはずはない」


 低く呟いたエンディオンに夫妻は同意を示した。


 この場の誰もがそう考えるし、何よりアルジェンヌが許さない。


「少し話を戻します。アルジェンヌが罰や代償に何を求めるにしても社会で普通に考えられるよりは過度なものになる。彼女は自分でもそれを畏怖されるような見せ方をするだろうし、そういった評判は彼女のこれからの王族としての立場に傷を付ける。義父上はそうお考えだということでよろしいでしょうか」


「異存ございません」

 確かな声で侯爵が認めた時だ。


 ふっ、と、エンディオンの空気が緩んだ。


 意外な反応を前にして、表情には出さないまま侯爵夫妻は慎重なまなざしを若い王子へ注ぐ。


 エンディオンは黄色みの強い金髪にはっきりと色の分かる緑色の瞳を持つ、絵に描いたような王子様だ。鍛えているため肩や首ががっしりとして多少いかついが、装いが上品で常に表情が柔和なためそれを感じさせることは稀だ。


「ふ、はは」


「殿下?」


「はは、いや、すみません、笑うつもりは……、は、ははは」


 笑い上戸がツボに入ると脱却が難しい。


 口と腹を軽く押さえて体を折り、王子は爽やかな笑い声を上げていた。ルーシャ夫人とセヴィアン・タウゼントは困惑してお互いに目を見合わせた。



+ + +



「何を話したらいいか分からないわ」


 突然、ものすごく率直にアルジェンヌが言った。


 レシェナは隣の姉を振り向く。


 遅れてアルジェンヌが顔の向きを変え、二人は視線を合わせた。


「あのね、レシェナ。侯爵家の諜報って、だいぶ凄いのよ。あなたの問題について男爵からお話を伺って調べさせたら、サマリーで十五枚、詳報で百八十枚くらいのレポートが上がってきて」


 ぴきっ、というような、音を聞いたウサギが体を硬直させてその方向を見るような仕草で、レシェナは目を丸くして固まる。


「だから、なんていうか、報告はだいぶ詳しく聞いているの。愚かにもあなたに手を出した馬鹿がどんな発言をしたか、場所と目撃者の情報を添えた時系列の一覧もあるわ。読むたび何度も破いてしまいそうになったけど。それはあなたの体験したことそのままではないけど、一面は見せてくれた。だからね、あなたがわたくしに話したいことがあればなんだって全部聞くし、もし、何も話したくなければ、なんにも話さないでいいと思ってる」


「お姉さま……、わたし…………」


「聞いているかしら。ことの対処はわたくしに任せてもらうことにしたの。わたくしたぶんレシェナの敵をどうにだって好きにできると思うのだけど……、あれこれ話す前に、先に聞いてもいい?」


「え、はい……?」


「とりあえずゲルトラン・リジットは、殺した方が良いかしら」


 ごほっと男爵家の令嬢が咳き込んだ。



+ + +



「ああ、本当に、すみません」


 笑いの発作が沈静化してきたエンディオンは、目尻の涙を拭いながら未来の両親へ笑いかけた。


「アルジェンヌに怒られるんですよ。妙なところで自分だけ笑いに入ってしまうなと」

「いえ、その」

「それはよろしいのですけれど……」


「先立ってお許しも出ているので、自惚れさせてください。あなた方の前で恐縮だが、僕にも僕だけが見てきたアルジェンヌがいるのだと思いました」


 両手を広げるジェスチャー。

 彼は満面の笑顔だ。

 誇らしさと慈しみの片鱗がちらちらとその緑の瞳の上に舞う。


「彼女を国へ奪うのは僕ですから、無論、僕が責任を負います。閣下が腹を割って話してくださったお話が行き着くのが、僕とアルジェンヌが話してもっと穏当な落とし所を探すようにということなのか、自由にさせようとも彼女の立場に傷があれば許さんということなのか、どういった方向をお考えだったのか、意図は聞きません。だってですよ、義父上、義母上、僕はもう少し違うことを考えているんですから。きっとその心配はいらないんです」


「どういう意味でしょう?」

「アルジェンヌはきっと、何ひとつ捨てません」

「捨てない」


「加害者への報復と、外部への威嚇と、裁きの公平性を、同時に成り立たせる」


 それは恋に溺れる若造の口から漏れるにふさわしい、あまりに甘い夢物語。

 とても実現可能だとは信じにくい。

 壮年の夫婦がいっそう困惑を深めたのを、あえて隠さず顔に出すのを見て、エンディオンは余計ににこにこする。


「駄目だったらさっき言ったとおり後は僕が引き受けますよ。今回、最初から言われてるんです。僕は目に見える権力として横にいろってね」


「まあ、あの子ったら」


「彼女は僕に、獅子にならなくて良いと言ってくれます」


 代わりに大きなハリボテの獅子を彼女自身が纏うつもりのようだが、その下の本性はむしろ龍ではないかと思うほどだから、猫でも獅子でも皮をかぶっている方がかえって穏便なくらいかもしれない。


「僕は権力を貸す。彼女は借りて使う。そういう配役です」


「そして全責任は自分が負うとおっしゃるの?」


「いいえ、分かち合います」


 伴侶ですからと彼は答えた。

 信じて任せて、上手くいかなければその時必要なフォローを考えるだけだ。


「アルジェンヌ自身が怖い姉として名を知られる必要があるなら、具体的に何をするつもりかも僕はあまり聞かないでおいた方がいいかもしれないですね」


 彼女が言うことを事前情報もなくなんでも聞いてあげる憐れな恋の奴隷というわけだ。その役を遂行するにあたって、困ったことに少しも演技が必要ない。


「殿下、何かわくわくなさっていますか?」


「していますとも!」


 また笑いに囚われそうになるのを堪えて朗らかにエンディオンは頷く。


「アルジェンヌはびっくり箱のような人です。どんな解決策が出てくるのか、楽しみじゃないですか。僕は特等席で見られそうです」


「そんなことを仰って」


「ええ、ええ。簡単じゃないのは分かります。

 アルジェンヌが上手くやってのけるかは、ひょっとしたら半々かもしれない。でもいいんです。彼女がそれに挑むだろうと僕が信じられるのが僕は嬉しい。お二人のご様子からそれがとても困難なことなんだと実感してこのあたりがそわそわします。


 つまり、何を言いたいかっていうと。

 自惚れてるんですよ。

 そのぐらいは思われている自覚が僕にもあるってことです。


 王族としてのふるまいがなっていなくて彼女に傷が付くなら、その傷は彼女を選んだ王族の僕に付きます。評判が下がるのは僕です。


 だから彼女は自分からわざと評判を下げたりしません。それは彼女自身の矜持のためと、彼女を育てたあなた方と、彼女に心奪われて浮かれるばかりで考えなしの僕のためだ。僕を思うなら、彼女はきっと自分の評判を守ろうとしてくれる」


 エンディオンは自国で今、アルジェンヌとともに教師の指導を受けることがある。

 主には、長年逃げ続けていた帝王学だ。

 アルジェンヌのためにと言われるとエンディオンが同席を断れないのが教師陣にバレてしまった。


 あらためて授業を受ければ上手く他の教科に混ぜ込んで結構教えてられていたのだなと理解する部分もあったが、それにしても、様々にケーススタディを扱い、訓話を聴講し、議論をする段になるといつもエンディオンは自分の婚約者の思慮の深さに驚嘆させられるのだ。


 どう治め、どう裁くかは、その授業(帝王学)のメインテーマのひとつと言っていい。


「おっしゃっていたではないですか」


 大きく見せようとしなくても彼女(アルジェンヌ)は十分に苛烈な存在だ。


 冷淡で冷徹で、容赦がなくて。


「彼女は本当に情の深い人なんです」



ブクマやリアクション、嬉しいです!感想まで!

読んでもらえてるのが伝わってきて超ハッピーです。ありがとうございます。

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