幕間|夜道
深夜のバーは、思ったより空いていた。
ハヤテはカウンターの端に座り、メニューも見ずに言う。
「……軽めで」
バーテンダーは何も聞かず、氷の音だけを返した。
淡い色のカクテルが置かれる。
一口飲んで、間を置く。
苦くもない。甘すぎもしない。
ちょうどいいはずなのに、味が、遠かった。
スマホはポケットに入れたまま。
触れば、また誰かの予定と要望が出てくる。
それを、今は見たくなかった。
ため息が、グラスの縁で止まる。
誰かが止まるくらいなら、
自分が削れるほうがいい。
二口目。
少しだけ、胸の奥が温まる。
救われるほどじゃない。
でも、立っていられるくらいには。
「……下手だな」
誰に向けたでもない言葉。
上手く断れない。上手く頼れない。上手く休めない。
グラスの中で、氷が小さく音を立てた。
それが、やけに正確で、少し羨ましかった。
飲み干して席を立ち、会計を済ませて外に出る。
夜風が、思ったより冷たい。
ハヤテは深く息を吸って、ゆっくり吐いた。
「……明日も、ちゃんとやる」
自分に言い聞かせるように。
夜道を歩く。
車は少ない。
足音だけが、一定のリズムで続く。
考えないようにしても、頭は勝手に回る。
言わなかった言葉。飲み込んだ判断。
まだ返せていない連絡。
アパートが見えてきて、ふと立ち止まる。
部屋の窓は、暗いままだった。
いつも通りのことなのに、
胸の奥が、スッと冷える。
鍵を開け、ドアを閉める。
灯りをつける前の部屋は、音がなくて、広かった。
靴を脱ぎ、壁に背を預ける。
今日一日、ちゃんと回したはずだ。
誰も止めなかった。崩れもしていない。
それでも、この暗さが、
なぜか答えみたいに感じられた。
「……ただいま」
返事はない。
ハヤテは静かに電気をつける。
白い光が広がる。
それを確認してから、ようやく奥へ進んだ。




