現実
「はい。というわけで」
スタジオのホワイトボードに、
ハヤテが金額を書いた。
「今月のギャラ。
箱と制作費引いて、残りがこれ」
「……現実だな」
コウタが笑う。
「笑うしかないやつ」
ヒナタは数字を見て、
少しだけ眉を寄せた。
「まあ、バンドはこんなもんか」
コウタは冷静だった。
「で」
そこで一拍。
「ヒナタのほう」
二人の視線が集まる。
「相談料、構成費、あと監修名義。
合計すると……」
コウタが数字を足す。
「バンドのギャラ、超えてる」
「……え」
ヒナタが、はっきり動揺した。
「いや、たまたま」
「でも、振り込まれてるよな」
「うん……振り込まれてる」
事実を言葉にすると、
逃げ場がなくなる。
「これさ」
ハヤテが真面目な声で言う。
「ヒナタが“音をまとめる役”として
見られ始めてるってことだろ」
「そんなつもり、なかった」
「関係ない」
コウタが続ける。
「需要があるかどうか、
それだけ」
ヒナタは、ギターのネックを握り直す。
「バンドと、
個人の仕事、
線、引いたほうがいいよな」
「引くべき」
即答だった。
「じゃないと、
あとで拗れる」
空気が、少し張る。
「……でも」
ヒナタが言う。
「それで、
バンドの音、
変わらないかな」
一瞬、沈黙。
ハヤテが、スティックを置いて言った。
「変わるだろ」
「……え」
「でも、
良い方向にしか変えさせない」
コウタも頷く。
「ヒナタが外で磨いたもの、
持ち帰ればいい」
アンプの電源が入る。
「待って」
ヒナタが言う。
自分でも、少し驚くほど強い声だった。
二人が、動きを止める。
「ちゃんと決めたい」
ギターを持ったまま、視線を上げる。
「俺が外でやってること、
バンドに持ち込んでいいのか」
言葉が、少しだけ速くなる。
「それでさ、
もし音が変わって、
スノーフレークスじゃなくなったら」
コウタが、即座に返す。
「なくならない」
「……え」
「俺たちが鳴らしてる限り」
ハヤテも続ける。
「変わるのが怖いなら、
前出るな」
ヒナタは一瞬、黙る。
「安全にやりたいなら、
そもそも音楽やってない」
その言葉で、
空気が一段、張りつめた。
「……じゃあ聞くけど」
ヒナタが言う。
「俺が作る曲、
今より前に出ていい?」
間髪入れず、コウタ。
「出ろ」
「出ない理由がない」
ヒナタの指が、弦の上で止まる。
「……責任、 重いぞ」
「金も絡んでるしな」
ハヤテ。
ヒナタは、深く息を吸う。
「じゃあ」
一歩、前に出る。
「次の曲、俺が主で組む」
「全部?」
「全部」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、
ハヤテが笑った。
「やっと言った」
コウタも、口角を上げる。
「遅い」
ヒナタは、ギターを構える。
迷いは、まだある。
でも、
火は、完全に入った。
「……ついて来いよ」
一瞬、誰も動かない。
次の瞬間、スティックが鳴る。
ベースが重なる。
音は、前に出た。




