幕間|拡散
最初に気づいたのは、ハヤテだった。
「なあ、これ」
練習の合間。
チューナーを外したタイミングで、
ハヤテがスマホを持ち上げる。
「なんか、すごい勢いで回ってるらしい」
軽い調子だ。
雑談の延長みたいな声。
画面を指で叩くと、
テーブルに置かれたスマホから音が流れた。
夜の空気。
少し湿った残響。
映像は荒れていて、人の輪郭ははっきりしない。
光の中に、俯いた横顔だけがかろうじて映る。
途中から、もう一つの声が重なる。
姿はない。
名前もない。
それでも、確かにそこにいる声。
ヒナタは、画面を見ていなかった。
アンプのつまみに触れたまま、音だけを拾っている。
入りの呼吸。
間の取り方。
ふと、手が止まる。
遅れて、視線が画面に移った。
コウタは、何気なくスマホをのぞいた。
その瞬間、視線が引っかかる。
――あ。
誰も口を開かない。
誰も止めない。
音だけが、部屋に残る。
「あれ……? これ」
ハヤテが首を傾げる。
画面を見たまま、少しだけ黙る。
「……朔だ」
一拍遅れて、
「朔?」
ヒナタが画面を見たまま言う。
「子どもの頃、よく遊んでた」
流れる歌に、耳を澄ます。
「……歌ってるな」
その声は淡々としていた。
評価ではなく、確認に近い。
動画は続く。
映っているのは一人。
もう一つの声は、姿を持たない。
「相手の方は、分かんないな」
ハヤテが言う。
ヒナタは、画面から目を離し、音に戻る。
「でも、いいな」
短く。
「主旋律に寄りすぎない。
でも、離れてもいない」
指で、空をなぞる。
「これ、合わせにいってない」
ハヤテが小さく笑う。
「だから伸びてんだろ」
画面を見ながら続ける。
「業界が探してるって噂。
下手したら、同業になるかもな」
その言葉が落ちた瞬間。
コウタの耳には、それ以降の音が入らなくなった。
評価も、言葉も、遠ざかる。
さっきから胸の奥に引っかかっていた
もう一つの声。
遅れて、名前がはまる。
――この声。
一瞬、呼吸が止まる。
宵子だ。




