雪の名前を名乗る夜
音楽室には、もう誰もいなかった。
窓の外では、街灯の光がぼんやりと揺れている。
最後のセッションを終え、三人はそれぞれ楽器を片づけていた。
言葉は少ないが、空気は不思議と落ち着いている。
「なあ」
ギターケースを閉じながら、ヒナタが口を開いた。
「今日の音、どうだった?」
ハヤテは少し考えてから言った。
「前より、ちゃんと一緒だった」
「うん」
コウタも頷く。
「前は、三人が同時に鳴ってただけだった。
今日は、同じ方向を向いてた気がする」
ヒナタは、その言葉を噛みしめる。
「じゃあさ」
一拍置いてから、言った。
「もう、いいんじゃないか」
二人が顔を上げる。
「名前」
ハヤテが、ふっと笑う。
「その話、また戻ってきたな」
「今度は逃げない」
ヒナタは視線を逸らさなかった。
「コウタが言ってたこと、分かる。
覚悟が要るってのも」
少し間を置いて、続ける。
「でもさ。
覚悟って、全部整ってからするもんじゃないと思うんだ」
コウタは黙って聞いている。
「未完成でも、下手でも」
「それでも続けたいって思った時が、
名乗るタイミングなんじゃないか」
静寂が落ちる。
コウタは、ゆっくりと息を吐いた。
「……ずるいな、それ」
「だろ」
ハヤテが肩をすくめる。
「でも、嫌いじゃない」
コウタは、しばらく考えてから、はっきり言った。
「じゃあ、名乗ろう」
二人が息を呑む。
「条件付きだけど」
「条件?」
「この名前に恥じない音を、作り続けること」
ヒナタは、すぐに頷いた。
「それでいい」
ハヤテが手を叩く。
「決まりだな」
三人は、自然と円になる。
「俺たち」
ヒナタが、少しだけ照れたように言う。
「スノーフレークスだ」
言葉にした瞬間、胸の奥で何かが静かに落ちた。
派手でも、劇的でもない。
それでも確かに、戻れない一歩。
”Snow flakes”
まだ未完成だけど、
それでも少しだけ、前に進んでいる気がした。




