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幕間|伸ばしかけた手
二人の背中が、人の流れの向こうに消える。
コウタは、その場に立ち尽くしていた。
追いかける理由が、すぐに見つからない。
呼び止める言葉も、形にならない。
胸の奥で、何かが遅れて崩れる。
――ああ。
まだ何も言っていなかった。
告白しようと決めた気持ちも、
選び直そうとしていた覚悟も、
全部、言葉になる前だった。
伸ばしかけた手は、
途中で止まり、ゆっくりと下がる。
今、何があった。
視界の端に残っている背中を、
頭の中で何度もなぞる。
見たことがある。
確かに、知っているはずの顔だ。
でも、名前が出てこない。
誰だったか、思い出せない。
音。
声の響き。
間の取り方。
どこかで、何度も聞いたことのある感じ。
顔より先に、
その音の感触だけが浮かんでくる。
思い出そうとすると、
さっきの視線が割り込んでくる。
驚いたままの、自分の目。
何も言えなかった、口。
考えようとするほど、
記憶がうまく繋がらない。
もう彼女は、戻らない。
音だけが、そこに残ったまま。




