幕間|懐かしい声
コウタと知り合ってから、会う回数が少しずつ増えた。
特別な関係ではない。
約束も、未来の話もない。
それでも、並んで歩く時間は穏やかで、無理がなかった。
好みが似ていて、沈黙も苦にならない。
気づけば、心の奥が満たされていく感じがしていた。
今日もケーキを食べた。
帰り際に、焼き菓子を選んで、紙袋を下げる。
ただそれだけの一日。
この後は、夜勤がある。
病院へ向かう途中、そのときだった。
歌が聞こえた。
遠くから。
風に紛れて、細く、震えるような声。
胸の奥が、きゅっと縮む。
――知っている。
でも、どこで。
理由は分からない。
記憶を辿る。
子どもの頃。
白い天井。
消毒の匂い。
病院。
心拍の音と、夜の静けさ。
不安で眠れなかった、あの時間。
足を止める。
日はすっかり沈み、
空には月がぽっかりと浮かんでいた。
ああ、と息が漏れる。
そうだ。
あの日も、こんな夜だった。
理由の分からない懐かしさが、胸に残る。
まだ知らないはずの声なのに。
なのに、忘れてはいけない気がした。
そのまま、月を見上げる。
ふと、今日だけは、
あの道を通ってもいい気がした。
中庭から外に抜ける道。
子どもの頃、何度かそこを使った記憶がある。
道は、あのころのままだ。
今思えば、ずいぶん大胆なことをしていたと思う。
それでも、
昔を思い出して、胸の奥が少しだけ弾む。
小さな小道を抜けて、中庭に出る。
静けさだけが、残っていた。
誰もいない。
――そうだ。
たぶん、ここだった。
懐かしい歌を、
つい口ずさんでしまう。
足元では小さな砂利の音が
からりと鳴る。
宵子は焼き菓子の袋を抱え直し
静かに職場に入っていった。




