幕間|夏の日
夏の午後、プールの水面が白く光っていた。
音も匂いも、全部うるさい。
「来るとは思わなかった」
ヒナタが言う。
「言い出したの、ヒナタだろ」
コウタが即座に返す。
「そうだっけ」
ハヤテはもう笑っている。
肩のタオルを放り投げ、そのまま水に入った。
「早っ」
「待てって!」
結局、三人同時に飛び込む。
水が跳ねる。
声が重なる。
「冷たっ!」
「うるさ!」
「夏だぞ!」
ヒナタが水をすくって投げる。
コウタが本気で投げ返す。
「ちょ、やめろ!」
「やってきたのそっちだろ!」
ハヤテは潜って、後ろから急に現れる。
「うわっ!」
コースロープにぶつかって笑い、
足がつかなくて慌てて笑う。
「昔さ、こういうので怒られたよな」
「走るなって」
「今は、怒る大人いねぇな」
息が切れて、
腕がだるくなって、
それでもやめない。
ヒナタはプールの縁に掴まり、
肩で息をしながら笑った。
「……やばい」
「何が」
「めちゃくちゃ楽しい」
一瞬、二人がヒナタを見る。
ハヤテが、少しだけ照れたように言う。
「だろ」
コウタは仰向けに浮かび、空を見る。
「何も考えてない時間、久しぶりだ」
水の中では、
バンドも、将来も、現実も、
全部どうでもよくなる。
「もう無理」
「わかる」
「足、上がんねぇ」
夕方の風が、まだ少しぬるかった。
プール帰りの道は、思ったより静かで、
さっきまでの騒がしさが嘘みたいだった。
乾ききらない髪が、風に揺れた。
Tシャツが肌に張り付く感じが、まだ残っている。
「疲れた」
コウタが言う。
「今さらだな」
ハヤテが笑う。
ヒナタは歩きながら、空を見上げていた。
西の端が、オレンジに染まっている。
「……夏だな」
誰に向けたでもない一言。
少し歩いたところで、コンビニの灯りが見えた。
吸い寄せられるみたいに、自然と足が向く。
「寄る?」
「寄る」
「寄らない理由、ないだろ」
自動ドアが開く音。
冷たい空気が、一気に体を包む。
「生き返る」
「ずるいくらい涼しい」
アイスケースの前で、三人並ぶ。
「何にする?」
「今日くらい高いやつでよくない?」
「それ言い出すとキリないぞ」
結局、
コウタはチョコ。
ハヤテは氷系。
ヒナタは悩んだ末、棒のやつ。
レジを出て、店の前に腰を下ろす。
アイスの袋を破る音が、やけに大きく聞こえた。
「……うま」
コウタが、素直に言う。
「運動後補正だな」
「でも、いい日だと何食っても美味い」
ヒナタは黙って頷き、
溶けかけたアイスを急いで口に運ぶ。
しばらく、会話が途切れる。
遠くで車が走る音。
虫の声が、少しずつ増えてきている。
「今日さ」
ハヤテが言う。
「何もしてないよな」
「プール行った」
「はしゃいだ」
「それだけだ」
コウタが肩をすくめる。
「でも、めちゃくちゃ楽しかった」
誰も否定しない。
ヒナタは、アイスの棒を見つめながら言った。
「……こういう日、たぶん減ってくんだろうな」
一瞬、沈黙。
ハヤテが、軽く笑って返す。
「だから今、やっといて正解だろ」
「だな」
コウタが立ち上がり、空を見上げる。
「帰るか」
ゴミ箱に包み紙を捨てて、
三人並んで、また歩き出す。
妙に満たされている。
同じ言葉が、何度も頭に浮かぶ。
今日が、ちゃんと残る気がした。
空には、丸い月が静かに浮かんでいた。




