幕間|チュロス
ライブハウスの天井が、低く感じた。
最後の曲に入った瞬間、
客席の空気が一段、前に出る。
ハヤテのスティックが、迷いなく走る。
ヒナタのギターが、リズムの隙間を埋める。
コウタのベースは、
今夜やけに自由だった。
跳ねる。
伸びる。
沈みすぎない。
フロアの揺れが、そのまま返ってくる。
最後の音が切れた瞬間、
一拍遅れて拍手が爆発した。
誰かが叫ぶ。
名前を呼ぶ声が混じる。
ヒナタが軽く手を挙げる。
ハヤテがドラムスティックを掲げる。
コウタは、息を整えながら客席を見る。
――届いてる。
そう思えた。
楽屋に戻ると、
急に現実が静かになる。
汗の匂い。
ペットボトルの水。
床に置かれた機材。
「いやー、今日よかったな」
ハヤテが、伸びをしながら言う。
「手、軽かった」
「だな」
ヒナタも、珍しく即答する。
コウタはベースをケースに収めながら、
少しだけ遅れて口を開く。
「……楽しかった」
二人が、ちらっとこちらを見る。
それだけで、何かが共有された気がした。
「この感じ、続けたいな」
ヒナタがぽつりと言う。
「続くでしょ」
ハヤテが即答する。
さっきまで鳴っていた音の余韻が、
まだ体の奥に残っている。
ライブハウスを出た瞬間、
夜の空気が一気に広がった。
「なんか食って帰る?」
ハヤテが、何気なく言った。
「この時間、腹減るんだよな」
「分かる」
ヒナタが笑う。
歩き出してすぐ、
甘い匂いが風に混じった。
「あ」
角を曲がった先、
小さな屋台の明かり。
揚げ油の音と、
砂糖の匂い。
「……チュロスある」
ハヤテが足を止める。
「今?」
ヒナタが言いながら、もう並んでいる。
「今だから」
砂糖の匂いが、空気に混じる。
「一本で足りる?」
コウタが聞く。
「三人で一本」
「ケチ」
「ちょうどいい」
受け取ったチュロスは、思ったより熱い。
「先どうぞ」
「いや、そっち」
「じゃあ俺」
一口かじって、ハヤテが笑う。
「うま」
「顔に出てる」
少しずつ回して、
最後は短くなる。
「……うま」
コウタが、素直に言う。
「だろ」
ハヤテが満足そうに笑う。
「今日のライブ後補正も入ってる」
「それ込みでも、いい日だろ」
ヒナタが、チュロスをかじりながら言った。
砂糖が指につく。
どうでもいいことが、やけに楽しい。
少し歩いて、
街の灯りがまばらになる。
「今日さ」
ハヤテが言う。
「何も問題なかったよな」
「うん」
「音も、人も」
コウタは、残りのチュロスを見つめてから答える。
「……うん。こういう日、
続く気がする」
指先についた砂糖を、
それぞれ無言で払う。
夜風が、ちょうどいい。




