まだ名乗れない名前
音楽室の窓から、外の街灯が見えた。
ガラスに反射する光は、どこか冷たく、落ち着かない。
「なあ」
スティックを指で回しながら、ハヤテが言った。
「こないだの名前の話さ」
ヒナタはギターを膝に置いたまま、少し考える。
「……悪くないと思う」
むしろ、胸の奥が静かに鳴った。
理由はうまく言えないが、引っかかる音ではなかった。
「コウタは?」
二人の視線が向く。
コウタはすぐに答えなかった。
ベースの弦に指を置いたまま、ほんの少し黙る。
「綺麗すぎる」
ようやく出た言葉は、短かった。
「え?」
ヒナタが眉を上げる。
「雪ってさ」
コウタはゆっくり言葉を選ぶ。
「一瞬で消えるし、壊れやすい。
美しいけど、残らないイメージも強い」
ハヤテが軽く笑う。
「ロックバンドが言うことかよ」
「だからこそ」
コウタは視線を上げた。
「今の俺たち、そんな綺麗なことやってるか?」
空気が少しだけ張りつめる。
ヒナタは否定できなかった。
勢いで鳴らして、噛み合わなくて、それでも楽しくて。
完成とは程遠い。
「名前を名乗るってさ」
コウタは続ける。
「覚悟が要ると思うんだ。
ちゃんと続けるっていう」
ヒナタは、以前交わした会話を思い出す。
戻れなくなる、という言葉。
「俺は、まだ」
コウタは少しだけ目を伏せる。
「この名前に見合う音を出せてない気がする」
沈黙を破ったのは、ハヤテだった。
「でもさ」
「嫌いじゃないんだろ?」
コウタは、少し驚いた顔をしてから、頷いた。
「……嫌いじゃない」
それだけで、ヒナタの胸が少し緩む。
「じゃあさ」
ヒナタは、静かに言った。
「ちゃんと音を作ってから、名乗ろう」
二人がこちらを見る。
「この名前に負けないくらいの音」
ハヤテが口角を上げる。いつもの顔だ。
「それ、めんどくさいけど燃えるな」
コウタは、小さく笑った。
「その時は、ちゃんと胸を張って言いたい」
窓の外では、
雪が降りはじめる気配が、静かに届いていた。




