幕間|SWEETs
コウタが、仮歌のデータをテーブルに置く。
「できた」
ヒナタがイヤホンを片耳だけ入れる。
ハヤテは背もたれに寄りかかったまま、目を細める。
甘い旋律。
「……これ、お菓子の歌?」
ヒナタが言う。
「恋の歌だろ」
ハヤテが笑う。
コウタは、答えない。
ヒナタは最後まで流して、イヤホンを外す。
「人によって、解釈変わるな」
声は平坦だ。
コウタが、わずかに口角を上げる。
「それなら――」
一拍。
「それぞれアレンジして、歌ってみるのはどう?」
空気が止まる。
二人が同時に、目を丸くする。
コウタは、もう次の構成を考えている顔だ。
ヒナタとハヤテは顔を見合わせる。
一拍。
「……悪くない」
ヒナタが言う。
ハヤテが肩をすくめる。
「期限は?」
ハヤテが聞く。
「一週間」
即答。
スタジオの空気が、変わった。
ヒナタはギターを膝に乗せたまま、しばらく動かない。
コウタはすでにベースを抱えている。
仮歌を止め、コードを半音下げる。
「これ、甘すぎる」
誰にともなく言う。
低音が滑る。
原曲の跳ねを消して、間を長く取る。
色気を足す。
歌い出しの音程を変える。
サビは上げない。横に広げる。
ヒナタは黙って聴く。
指先だけが、ゆっくりとコードをなぞる。
「……俺は、そのままでやる」
王道。
削らない。足さない。
甘さは残す。
でも装飾しない。
ハヤテはドラムスティックを回しながら、二人を見る。
「じゃあ俺は、夜っぽく」
軽く跳ねる。
でも明るくしない。
ハイハットは細かく。
スネアは柔らかく。
三人とも、同じ歌詞を見ている。
でも鳴っている音は、もう違う。
誰も、正解とは言わない。
ただ、それぞれが本気だ。
――1週間後。
三人分が出そろう。
先に流れたのはコウタ版。
低音は静かに横へ流れる。
その上を、高い声が迷いなく抜けていく。
ヒナタは表情を変えない。
ただ、瞬きが一度、遅れる。
いつもの色じゃない。
甘さの奥に、影がある。
「……広いな」
声は平坦だ。
「まあ」
短い返事。
少し間。
ハヤテが小さく笑う。
「これ、空気変わる」
次はヒナタ。
イントロは、変わらない。
クリーンのギターが、静かに鳴る。
余計なことをしていない。
ベースは前に出ない。
ドラムも跳ねない。
三人で鳴らしてきた時間の呼吸。
ヒナタは、自分の声を聴く。
上げない。
足さない。
ただ、まっすぐ置く。
これでいい、とどこかで思っている。
サビに入っても、持ち上げない。
甘さは、そのままにする。
派手ではない。
でも、ぶれない。
「これだな」
ハヤテが素直に言う。
コウタも頷く。
「うん。スノフレって感じ」
ヒナタは、何も言わない。
ただ、少しだけ息を吐く。
コウタは気づいていないふりをする。
「じゃ、
最後、な」
ハヤテが肩をすくめる。
再生。
軽く跳ねる。
でも、夜だ。
ハイハットが細かく揺れる。
キックは深く、主張しない。
ベースは沈み、
その上で、低い声がゆっくりと近づく。
強くない。
張らない。
ただ、心地よい。
窓を少し開けた夜みたいだ。
湿った空気の中で、
声だけが体温を持っている。
サビに入っても、煽らない。
跳ねは残る。
でも、落ち着いている。
音が終わる。
誰も、すぐには口を開かない。
ヒナタが視線を落とす。
コウタは、腕を組んだまま指先に力を入れる。
ハヤテが笑う。
「今の、ちょっとやばいな」
ヒナタは首を振る。
「いや」
コウタが静かに言う。
「……いい」
一拍。
「それ、残そう」
ハヤテが目を瞬く。
「マジで?」
誰も競わない。
ただ、素直にいい、と言う。
そして少しだけ、
ハヤテが照れる。
沈黙が、やわらぐ。
「じゃ、甘いの行く?」
ハヤテが立ち上がる。
「焼き菓子」
ヒナタ。
「チョコレートケーキ。
甘くないやつ」
コウタ。
「俺は、アイス」
一拍。
「バラバラじゃん」
ヒナタが言う。
でも、誰も譲らない。
コウタが肩をすくめる。
「曖昧でいいだろ」
一拍。
ハヤテが笑う。
ヒナタも、わずかに口元を上げる。
甘さの解釈も、
正解も、
誰のものでもない。
でも、
三人で鳴らす。




