大切にしたい理由
次に会ったのは、少し遅い時間だった。
「仕事、終わりですか?」
「はい。今日は静かでした」
宵子はそう言って、小さく息をつく。
白衣の名残を、無意識に袖で払う。
「病院って、慣れてるはずなのに、
昔のこと思い出しちゃって」
「……入院してたって、言ってましたよね」
宵子は頷いた。
「子どもの頃、体が弱くて。
夜、眠れないことも多くて」
コウタは、何も言わずに聞く。
宵子は、言葉を探すように一度黙った。
「そのとき、
歌に助けられたんです」
宵子は少し照れたように笑った。
「誰かが歌ってるのを、
どこかで聴いた気がして。
それだけで、
怖くなくなって」
胸の奥が、静かに締めつけられる。
「それで、少しだけ歌うようになりました」
「……宵子さんの声、好きです」
思っていたより、まっすぐな言葉が出た。
宵子は驚いたように目を見開き、
それから、ゆっくり頷く。
「ありがとうございます」
一瞬、沈黙。
でも、逃げるような沈黙じゃない。
「コウタさんは?」
「僕は……」
少し迷ってから、続ける。
「言葉を整えないと、
自分の気持ちが、見えなくなることがあって」
「本、好きなのも?」
「たぶん」
宵子は、納得したように微笑んだ。
「似てますね」
「……ですね」
その言葉が、胸に残る。
帰り道、コウタは考えていた。
この人を、軽く扱いたくない。
急ぎたくない。
好きだからこそ、
壊したくない距離がある。
「次、いつ会えますか」
別れ際、そう聞いた。
「近いうちに」
宵子は、はっきり答えた。
それだけで、十分だった。
コウタは、急がないでいようと思った。
まだ、手を伸ばす前の気持ちごと。




