ページをめくる音
外の空気は、
まだ春の余韻を残していた。
並んで歩きながら、
コウタは自分が勢いで誘ってしまったことに、
少しだけ驚いていた。
心臓が、
低く
一定のリズムで鳴る。
「……この近くに、
静かなカフェがあるんです」
言いながら、
声がちゃんと届いているか、
少し不安になる。
「はい」
宵子は短く答えた。
それだけで、
胸のリズムが、
ほんの少し落ち着く。
小さなカフェに入り、
窓際の席に向かい合って座る。
さっきまでの慌ただしさが、
嘘みたいにほどけていった。
宵子は、
鞄から文庫本を取り出し、静かにページをめくる。
「この本」
コウタが口を開く。
「どこが、好きですか?」
宵子は、
少し考えるように視線を落としてから、
言葉を選ぶように答えた。
「派手じゃないところです」
「派手じゃない?」
「はい。
誰かの気持ちが、
説明されすぎないのに、
ちゃんと伝わってくる感じがして」
その言葉が、
静かに胸に残った。
「……分かります」
即答だった。
「読んでると、
自分の気持ちまで、
静かになるんですよね」
宵子は、
ほっとしたように笑った。
「そう言ってもらえると、
嬉しいです」
ページをめくる音が、
二人の間に落ちる。
沈黙はあるのに、
居心地がいい。
コウタは、
ふと息を整えた。
この時間が、
静かに自分の中へ、
染み込んでいる。
いつもより、
ゆっくりと時間が流れていた。




