幕間|ほどけたよ
楽屋は、少しだけ暖かかった。
濡れたコートの匂いと、金属のケースの匂いが混ざっている。
ハヤテが先に腰を下ろす。
「いやー……
今日の雪、反則だろ」
コウタが笑う。
「持ってるってことにしとけ」
ヒナタは、ギターをスタンドに立てたまま、ペットボトルの水を一口飲む。
喉は潤ったのに、胸の奥はまだ乾いていた。
ノックがある。
短く、控えめな音。
「どうぞ」
ドアが開いて、小雪が顔を出す。
フードを外して、軽く会釈する。
「おつかれさま」
三人とも、同時に言葉を失う。
「……おつかれ」
最初に声を出したのは、ハヤテだった。
「寒かったっしょ。
外、えぐいよ」
「うん。
でも、音はちゃんと聴こえた」
それだけで、場の空気が少し緩む。
コウタが、わざとらしく立ち上がる。
「俺、ドリンク取りに行くわ」
「俺も」とハヤテが続く。
ドアが閉まる音。
残ったのは、ヒナタと小雪だけ。
数秒。
沈黙。
ヒナタが、先に口を開く。
「……どうだった?」
小雪は、少し考える。
「リハより、
ちゃんと外に向いてた」
評価でも、感想でもない。
でも、ヒナタには十分だった。
「そっか」
それ以上、言えない。
小雪は視線を落として、続ける。
「最後の余韻、
ライブだと……ちょうどいいね」
ヒナタは、少しだけ笑う。
「ミックスのおかげだ」
小雪は首を振る。
「三人の音」
そう言って、それ以上は踏み込まない。
また、沈黙。
廊下の向こうで、ハヤテの笑い声が聞こえる。
小雪は、ドアの方を見る。
「じゃあ……」
帰る、とは言わない。
ヒナタは、言おうとして、やめた言葉を飲み込む。
「……ありがとう」
小雪は、一瞬だけ立ち止まる。
振り返らずに、言う。
「ほどけたよ」
それだけだった。
ドアが閉まる。
ヒナタは、しばらくその場に立ったまま、
何も触れず、何も言わず、
ただ、胸の奥に残った音を確かめていた。




