音を置いてきただけ
雪は、思ったよりも静かに降っていた。
音を吸い込むような夜だった。
小さなライブハウス。
照明はまだ本気を出していない。
客席も満員ではない。
それでいいと、三人とも思っていた。
ステージ袖で、ハヤテがスティックを回す。
「雪、降ってるな」
「持ってきたな」とコウタが笑う。
ヒナタは何も言わず、ギターのネックを握り直す。
胸の奥が、少しだけざわついている。
SEが終わる。
拍手。
ライトが当たる。
一曲目、二曲目。
まだ空気は探り合いだ。
でも、三曲目で、コウタがヒナタを見る。
ヒナタは、うなずく。
「次、
Little Snow」
小さなざわめき。
知らない曲名。
知らないバンド。
ハヤテが、ゆっくりカウントを取る。
ワン。
ツー。
イントロが鳴った瞬間、
客席の空気が変わる。
音数は少ない。
派手さもない。
それなのに、
誰も喋らなくなる。
ヒナタが歌い出す。
少しだけ、声が震える。
でも、目は伏せない。
サビ。
静かに 静かに
降り積もる リトルスノー
小雪は、客席の後ろにいた。
フードを深く被り、
誰にも気づかれない位置。
イヤホンも、ノートもない。
ただ、聴く。
この白さを
君が ほどいてくれたら
ヒナタは、その一行だけ、
ほんの一瞬、目を閉じた。
ハヤテが、一拍抜く。
コウタの低音が、余韻を支える。
その沈黙に、
客席の誰かが、息を飲む。
ラスサビ。
名前を呼ばずに
君を 呼んでいた
小雪は、気づかないふりをして、
指先を握る。
これは、
自分のための歌ではない。
でも、
自分を通って生まれた音だ。
最後のコード。
リバーブが、長く残る。
雪が、まだ降っている。
一拍。
二拍。
それから、拍手が起きる。
派手ではない。
でも、確かだった。
ハヤテが笑う。
コウタが小さくうなずく。
ヒナタは、マイクに近づく。
「……ありがとう」
それだけ言って、
深く頭を下げた。
小雪は、
その背中を、最後まで見届けた。




