返事は、音で
翌日の夕方。
スタジオの前で、ヒナタは立ち止まっていた。
手の中のスマホを、何度か握り直してから、
扉を開ける。
小雪は、いつも通りの顔で迎えた。
特別なことは、
何もなかったように。
「できたよ」
それだけ言って、
USBを差し出す。
ファイル名は、ただ一行。
Little Snow_mix_01
ヒナタは受け取り、
少し迷ってから聞いた。
「……どこ、直した?」
小雪は肩をすくめる。
「直してないよ。
整えただけ」
それ以上は、説明しなかった。
良いとも、
悪いとも言わない。
ヒナタは、その場でイヤホンをつける。
再生ボタンを押した瞬間、
自分の声が、昨日よりも
近くにあることに気づく。
サビが流れる。
あの一行が来る。
この白さを
君が ほどいてくれたら
ヒナタは、
思わず視線を上げる。
小雪は、モニターの方を見たまま言う。
「そこ、消さなかったから」
理由は、言わない。
「あと」
少しだけ間を置いて、
続ける。
「最後の余韻、長くしてる。
溶けきらない感じにした」
それだけだった。
評価でも、
感想でもない。
けれど確かに――
受け取っている。
サビが終わる。
余韻が、
まだ耳の奥に残っている。
ヒナタは、
すぐにイヤホンを外さなかった。
再生は、
もう止まっている。
指先でコードをつまみ、
ゆっくりと片耳だけ外す。
スタジオの空気が、
戻ってくる。
パソコンのファンの音。
小雪が椅子を動かす気配。
遠くで、誰かがドアを閉める音。
もう片方のイヤホンを外したとき、
胸の奥にあったものが、
ようやく落ち着いた。
ヒナタは、USBを握り直す。
言葉にすれば、
軽くなる気がした。
だから、言わなかった。
「……ありがとう」
声は低く、
短い。
小雪は一瞬だけこちらを見て、
すぐに視線を戻す。
「仕事だから」
その言葉は、
線を引くためじゃない。
壊さないための、
距離だった。
ヒナタは、
扉を出る前に振り返る。
「これさ」
「うん」
「バンドの一曲目にしたい」
小雪は、
少しだけ驚いた顔をしてから、
ゆっくりとうなずく。
「いいと思う」
それ以上は、
何も言わなかった。
あの音は、
返事だった。
ヒナタは、
スタジオを出る。
ドアが閉まる音が、
思ったより小さく響く。
廊下の照明は、
昼と夜の境目みたいな色をしていた。
ブースの方から、
音が漏れている。
ベースの低音。
ドラムのハイハット。
ヒナタは、
扉の前で立ち止まり、
ノブに手をかける。
中に入ると、
コウタがベースを抱えたまま振り向いた。
「どうだった?」
ヒナタは、
イヤホンのケースを軽く叩く。
「……できてた」




