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Snow flakes   作者: 山吹 ことり
リトルスノー編

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59/93

Little Snow MIX

 深夜のスタジオは、

 外の雪よりも静かだった。


 モニターに並ぶ波形が、

 淡く揺れている。


 ドアが閉まった音を確かめてから、

 小雪はゆっくり息を吐いた。


 誰もいない部屋。


 機材のランプだけが、

 静かに点いている。


 コートを脱ぎ、

 椅子に掛ける。


 その動作が、

 少しだけ乱れていることに、

 自分で気づいてしまう。


 机の上に、USBを置く。


 黒くて小さなそれに、

 指先でそっと触れる。


 受け取ったときは平気だった。


 仕事だと、

 割り切れたと思っていた。


 それでも、


 部屋に一人になると、

 胸の奥が遅れて

 ざわつき始める。


「……ほんと、ずるい」


 小さく呟いて、

 すぐに首を振る。


 言葉にするつもりはなかった。


 誰に向けたものでもない。


 小雪は椅子に座り、

 モニターに向き直る。


 背筋を伸ばし、

 いつもの姿勢を取る。


 USBを差し込み、

 セッションを立ち上げる。


 再生ボタンを押す。


 何度目かのテイク。


 歌は相変わらず不器用で、

 ブレスの位置も少し早い。


 けれど、

 そこを直そうとは思わなかった。


 サビに入る。


  静かに 静かに

  降り積もる リトルスノー


 そのまま、

 次の一行が流れる。


  この白さを

  君が ほどいてくれたら


 小雪は、

 無意識に手を止めた。


 マウスを握ったまま、

 呼吸だけが浅くなる。


「……ずるい」


 今度は、はっきりと。


 EQを、少しだけ触る。


 高音域を削りすぎないように。


 声の震えが消えない、

 ぎりぎりのところまで。


 コンプレッサーも、

 強くはかけない。


 整えれば整えるほど、

 この歌は嘘になる気がした。


 ベースとドラムを、

 ほんのわずか後ろに下げる。


 歌が前に出るように。

 逃げ場がなくなるように。


 もう一度、

 最初から再生する。


 今度は、

 ヒナタの声が

 まっすぐこちらに届いてくる。


 理解しろ、とは言っていない。

 答えをくれ、とも言っていない。


 ただ、


 受け止めてくれたら、

 それでいい。


 そんな音だった。


 小雪は、

 画面に表示されたタイトルを見つめる。


 Little Snow


「……そのままで、いい」


 誰に言うでもなく、

 そう決める。


 ミックスを書き出す直前、

 ほんの一瞬だけ迷ってから、


 アウトロのリバーブを、

 わずかに長くした。


 溶けきらないように。

 余韻が、残るように。


 それが、


 小雪なりの返事だった。


 書き出しが終わり、

 無音が戻ってくる。


 小雪はイヤホンを外し、

 しばらくそのまま動かなかった。


 感情は、

 押し込めたつもりでも、

 消えるわけじゃない。


 浮かびかけた言葉を、

 音にするのを途中でやめる。


 続けたら、

 何かが崩れる気がした。


 代わりに、

 窓の外を見る。


 雪は、

 もうほとんど溶けている。


 それでも、

 白さだけが、まだ残っていた。


「ほどいたよ」


 誰にも聞こえない声で、

 そう言う。


 返事は、

 それで十分だった。


 椅子に深く座り直し、

 もう一度、背筋を伸ばす。


 また音を作るために。

 また、支える側に戻るために。


 けれど、


 胸の奥に残った温度だけは、

 どうしても消せなかった。


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