声をかけたあと
改札を抜けたところで、声をかけられた。
「……偶然」
振り返る前から、誰の声かはわかっていた。
小さい頃から、何度も名前を呼ばれてきた声だ。
「時間あったら、……ご飯、行かない?」
ヒナタは、少し息を切らした様子で立っていた。
コートの肩に、溶けきらない雪が残っている。
「……急だね」
そう言うと、ヒナタは困ったように笑った。
「うん。
だから、断ってもいい」
その言い方が、昔から変わらない。
肝心なところで、必ず相手に選択肢を残す。
小雪は一瞬だけ迷った。
仕事帰りで、頭の中はまだ音のことでいっぱいだった。
スタジオの残響。
未整理のメモ。
イヤホン越しに聴いた、いくつもの未完成な声。
「……少しだけなら」
そう答えると、ヒナタは目に見えてほっとした顔をした。
「ありがとう」
ありがとう、にしては少し重い声だった。
並んで歩き出す。
夜の空気は冷たく、雪はまだ降るかどうか迷っているみたいだった。
「最近、どう?」
ヒナタが、なるべく普通のトーンで聞く。
「相変わらずだよ。
音ばっかり」
「仕事だもんな」
その一言に、説明は要らなかった。
昔から、ヒナタはそうやって理解してくれる。
交差点を渡りながら、小雪は思う。
ヒナタとは、
いつから一緒に音を聴いてきたんだろう。
ラジオの前。
カセットテープ。
夜更けのヘッドホン。
時間の長さを数えなくても、
共有してきたものの重さだけは、確かだった。
ヒナタが、少しだけ歩く速度を落とす。
「あの、さ」
声が低くなる。
「今日さ……」
小雪は足を止め、
まっすぐにヒナタを見た。




