幕間|魔法みたいな一杯
「…いいな、ここ」
席に着くなり、コウタが素直に言う。
「だろ」
ハヤテは得意げに笑って、メニューを指で弾いた。
「こういうとこさ、
若いうちに色々行っとくといいんだぜ」
「急に偉そう」
「経験値の話だよ、経験値」
軽口だけど、ハヤテの言い方は冗談だけでもなかった。
肩の力を抜いて話しているようで、
どこか、先に知ってしまった側の距離感がある。
「音楽もさ」
ハヤテはグラスの水を回しながら続ける。
「スタジオとライブハウスだけじゃ、
分かんないこと多いんだよ」
「……そうなのか」
コウタは頷きながら、店内を見回す。
カウンター。
ボトルの列。
静かに手を動かすバーテンダー。
その仕草を、
コウタは何気なく目で追って、
小さく、目を細めた。
「初めて?」
不意に、バーテンダーが声をかける。
「あ、はい」
コウタが少しだけ背筋を伸ばす。
「じゃあ」
そう言って、
バーテンダーは何も聞かずにグラスを出した。
氷。
液体。
手元はよく見えないのに、
気づけば一杯が置かれている。
グラスに注がれた液体は、
光を受けて、水色と紫のあいだをゆっくり揺れる。
「……すご」
コウタが小さく声を漏らす。
「魔法みたいだろ」
ハヤテが笑う。
「おすすめです」
バーテンダーはそれだけ言って、
静かに下がった。
コウタはグラスを持ち上げ、
しばらく眺めてから一口飲んだ。
「……飲みやすい」
「だろ」
「でも、ちゃんと残る」
ハヤテは、その反応を見て満足そうに頷いた。
「それな」
グラスの底を見つめながら、
ぽつりと付け加える。
「残るもんってさ、
だいたい後から効いてくるんだよ」
「急にまた偉そう」
二人で笑う。
カクテルの名前は、聞かなかった。
言葉も、特に説明されなかった。
それでも、
この夜はちゃんと残る。
「……魔法みたいだな」
コウタがもう一度言う。
「だろ」
ハヤテは、今度は少しだけ照れたように笑った。




