幕間|まだ
その音を聴いた瞬間、小雪は足を止めた。
ライブハウスの入口から、低く、静かな音が漏れてくる。
「……あ」
名前を確かめなくても分かる。
声を聴かなくても、分かってしまう。
ヒナタだ。
社会人になってからも、音楽を続けているらしい。
誰かが、何気なく教えてくれただけの話。
わざわざ調べたことはない。
追いかけたこともない。
ただ、どこかで続いているなら、それでいいと思っていた。
小雪は壁にもたれ、目を閉じる。
音は、昔よりずっと整っている。
削ぎ落とされて、
ちゃんと前に進んでいる音だ。
「……大きくなったな」
心の中で、そう思う。
けれど。
次のフレーズで、胸の奥が少しだけ締めつけられた。
音の奥に、あの頃の気配が残っている。
小さくて、溶けそうで、
それでも消えなかったもの。
「それ、消えないね」
昔、自分がそう言ったことを思い出す。
深い意味はなかった。
ただ、そう見えたから言っただけ。
それなのに。
その言葉が、まだここにある。
小雪はスマートフォンを取り出し、すぐに画面を閉じる。
連絡先は、消していない。
でも、今じゃない。
音が止み、拍手が起きる。
小雪は振り返らずに歩き出す。
声をかけることも、すれ違うこともない。
それでいい。
あの音が、
ちゃんと名前を持って鳴るようになったら。
そのときは、
もう逃げていないはずだから。
小雪は夜の街に溶けていく。
消えなかったものを、
まだ胸の奥にしまったまま。




