君の耳で決めて
スタジオの控室は、少しだけ空気が違っていた。
いつものメンバーだけじゃない。
対バンのバンド、制作側の人間、
言葉を選んで話す大人が混じっている。
「さっきの音なんだけどさ」
声をかけてきたのは、この箱をよく使っている
インディーズバンドのギタリストだった。
「悪くないんだけど、
なんか締まらなくて」
ヒナタは、少しだけ考えてから答える。
「低音、前に出しすぎてる」
「え?」
「迫力はあるけど、
抜けが死んでる」
一瞬、沈黙が落ちた。
「……そんな細かいとこまで聴いてた?」
ヒナタは肩をすくめる。
「聴こえたから」
その場にいた数人が、
顔を見合わせる。
「ちょっと、
次のリハで一回見てくれない?」
頼まれごとは、
いつの間にか自然な形になっていた。
別のスタジオ。
別のバンド。
ヒナタはギターを持たず、
スピーカーの前に立つ。
「今の、
ドラムの後ろ」
「一拍だけ、
間、空けてみて」
言われた通りに音が変わる。
「あ……」
誰かが、思わず声を漏らす。
音が、立った。
「これ、
全然違うな」
「さっきまで、
必死だったのに」
ヒナタは何も言わない。
ただ、音を聴いている。
スタジオを出たあと、
ハヤテが隣に来る。
「最近さ」
「ヒナタ、
前に出てないのに、
一番前にいる感じする」
「そう?」
「そう」
コウタも、少し後ろから言う。
「言葉は書いてないのに」
「音の意味は、
全部通してる」
ヒナタは、歩きながら考える。
昔は、
伝えたいことがあった。
今は、
壊したくないものがある。
それが、
いつから逆転したのか、
分からない。
夜、帰宅してから、
イヤホンで今日の音を聴き返す。
知らないバンドの音。
自分が関わった一瞬の音。
どれも、
ほんの少しだけ、
良くなっている。
「……これで、よかったのか」
問いは、
自分自身に向いている。
そのとき、
ふと、思い出す。
あの言葉。
小さくて、
溶けそうで、
でも、消えなかった。
昔は、
その「小ささ」を
歌にしようとした。
今は、
その「消えなさ」を
音の配置で守ろうとしている。
「……逃げてない、よな」
呟いて、
すぐに答えは出ない。
ヒナタは、
静かにイヤホンを外した。




