声に乗る前の言葉
スタジオの中で、
機材の待機音だけが続いていた。
アンプの電源は入っているのに、
誰も音を出さない。
コウタはノートを開いたまま、床に座っている。
書いては消し、また止まる。
「……できた?」
ハヤテが、冗談めかして聞く。
「まだ」
コウタは即答した。
「でも、近い」
ヒナタは何も言わず、ギターを抱えたまま待っている。
急かしたくなかった。
しばらくして、コウタが立ち上がった。
「……一回、読んでいい?」
ヒナタは頷く。
声に出す前の言葉。
まだ歌ではない。
コウタは、淡々と読み始めた。
短いフレーズ。
余白の多い言葉。
雪、という言葉は使われていない。
それでも、溶ける直前の気配がある。
読み終えると、コウタは視線を落とす。
「どう?」
ヒナタは、すぐには答えなかった。
頭の中で、自然とメロディが流れている。
「……歌える」
それだけ言った。
ハヤテが、静かにスティックを構える。
「じゃあ」
「やってみるか」
カウントはなかった。
ギターが鳴る。
ドラムが、控えめに入る。
ベースは、まだ待つ。
ヒナタは、言葉を追いかけなかった。
置く、という感覚で声を出す。
最初の一行。
声が、少し揺れた。
コウタは息を止める。
次のフレーズ。
今度は、揺れなかった。
言葉が、音に押されていない。
音が、言葉を急かしていない。
途中から、コウタのベースが入る。
ハヤテは、それを待っていたかのようにリズムを深くする。
最後の行。
ヒナタは、少しだけ間を置いてから歌った。
音が消える。
誰も、すぐには喋らなかった。
「……これさ」
ハヤテが、先に言う。
「ちゃんと残るな」
コウタは、ゆっくり息を吐いた。
「……うん」
「歌ってみて、どうだった?」
ヒナタは、正直に答える。
「俺の言葉じゃないのに、
俺の声だった」
コウタは、その一言で十分だった。
「タイトルは?」
ハヤテが聞く。
ヒナタは少し考えて、首を振った。
「……まだ、いらない」
コウタは一瞬驚いたようにヒナタを見てから、
静かに頷いた。
「小さくて、溶けそうで」
「でも、消えなかったやつ」
ヒナタは、その言葉を胸の奥で受け取る。
「うん」
「今は、それで十分だ」




