名前を呼ばない音
ステージ裏の通路は、まだ少しざわついていた。
出演者が行き交い、機材の音が床に反響している。
「……で?」
ヒナタが、ようやく口を開いた。
「次、どうすんだ」
ハヤテは、
スティックをケースにしまいながら、肩をすくめる。
「どうするって?」
「いや、だから」
言葉にしようとして、やめた。
一人で出るはずだった。
サポートを頼んだ覚えもない。
それなのに。
頭の中の音はいつのまにか三人分になっていた。
「とりあえずさ」
ハヤテが言う。
「どっか、音出せる場所行かね?」
ヒナタは即答できなかった。
「……コウタは?」
名前を出すと、少しだけ現実に戻る。
「俺?」
コウタは本を閉じて、静かに言った。
「正直、久しぶりにちゃんと弾きたい」
近くのスタジオは、思っていたより空いていた。
大学生がよく使う、安くて狭い部屋。
ドアを閉めると、外の音が一気に遠ざかる。
「……懐かしいな」
ハヤテが、ドラムに座りながら言う。
「こういう感じ」
「変わってないよ」
ヒナタはギターを構えながら答える。
「変わったのは、俺たちのほう」
コウタが、低く言う。
三人は、自然に位置についた。
曲を決める相談は、しなかった。
ハヤテが軽くリズムを刻む。
それに合わせて、ヒナタが音を重ねる。
少し遅れて、コウタの低音が入る。
「……あ」
誰かが、息を漏らした。
高校のときより、
音は荒れている。
間も、ずれている。
それなのに。
止めたいとは、誰も思わなかった。
ヒナタは歌わなかった。
今日は、声を出さなくていい気がした。
ギターだけで、
今の自分をなぞる。
ハヤテは、必要以上に叩かない。
前に出すぎず、
でも、確かに引っ張っている。
コウタの音は、静かだった。
それでも、抜け落ちそうな場所を、
正確に埋めてくる。
音が終わる。
しばらく、
誰も喋らなかった。
「……やっぱりさ」
ハヤテが、
先に口を開く。
「これ、
放っとけねえよな」
ヒナタは、
ゆっくり息を吐いた。
「名前、
出してないのに」
「出してないから、
だろ」
コウタが言う。
「余計なものが、
まだ何も乗ってない」
その言葉に、
ヒナタは少しだけ笑った。
「じゃあさ」
「今は、
これでいいか」
「どれ?」
「三人で、
音を出すだけ」
ハヤテが頷く。
コウタも、
静かに肯定した。
誰かが、
はっきり決めたわけじゃない。
それでも、
気づけば、
また楽器を構えていた。
「名乗るのは、
またそのうちで」




