幕間|渡した音
スマートフォンの中に、あの音はもう残っていない。
消したわけじゃない。
送ったあと、開かなくなっただけだ。
ヒナタはベッドに仰向けになり、天井を見つめていた。
部屋は静かで、耳の奥にだけ、まだ余韻が残っている。
あの日、音を渡した。
理由を聞かれたら、うまく答えられなかったと思う。
信じていたとか、任せたかったとか、
そんな言葉は、まだ少し照れくさかった。
ただ、
あの場で「預けてほしい」と言われて、
断る理由が見つからなかった。
未完成だったからだ。
歌も、声も、形も。
自分でも、これでいいのか分からないまま鳴らしていた音。
触られたら変わってしまうかもしれない。
でも、何もしなければ、きっとこのままだ。
それくらいのことは、分かっていた。
ギターに手を伸ばす。
ケースを開けて、同じコードを鳴らす。
同じ音なのに、
どこか落ち着かない。
返ってきていない音のほうが、
頭の中では、はっきり鳴っていた。
今、あの音がどうなっているのかは分からない。
直されているのか、悩まれているのか、
まだ何も手をつけられていないのか。
考えすぎるのは、やめた。
待つしかない。
それが正しいのかどうかも、
まだ分からないけれど。
もし、また音を渡す日が来るなら。
そのときは、
もっとはっきり「任せる」と言える気がした。




