幕間|預かった音
イヤホンを外しても、耳の奥にまだ音が残っていた。
小雪はノートパソコンを閉じ、しばらくそのまま動かなかった。
再生を止めたはずなのに、
ヒナタの声と、少し走るドラムと、迷いながら重なる低音が、頭の中で続いている。
何度、聴いただろう。
最初は、ただ懐かしかった。
音楽室の空気や、あのときの沈黙まで一緒に思い出されて。
けれど、何度も聴くうちに、違うことが気になり始めた。
ここ、少し声が前に出すぎている。
ドラムの余韻が、ほんの少しだけ切れてしまっている。
直したい、と思った。
もっと、ちゃんと届く形にしたい、と。
でも、どうすればいいのか分からない。
小雪はノートを開く。
いつも持ち歩いている、あのノートだ。
「EQ」
「コンプレッサー」
「声の置き場」
「空間」
誰かの言葉を書き写しただけのページもあれば、
自分なりに考えて書いた、よく分からないメモもある。
まだ知識とは呼べない。
ただ、音を良くしたい気持ちだけが、先に溜まっていく。
それでも、書くのをやめなかった。
この音は、預かっているものだから。
軽く扱っていいものじゃない。
ヒナタが迷いながら出した声も、
三人で鳴らした、あの不揃いな時間も、
全部、ここに入っている。
いつか、返したい。
もっと良い形で。
胸を張って「これだよ」って言える状態で。
再生ボタンの上に、指を置く。
一瞬だけ迷ってから、また音を流した。
まだだ。
今の私じゃ、まだ足りない。
だから、もう少しだけ預からせてほしい。
この音を、ちゃんと届けられるようになるまで。




