小さなステージの上で
楽屋と呼ぶには狭すぎる部屋で、三人は無言のまま準備をしていた。
壁越しに、他のバンドの音がくぐもって聞こえる。
「思ってたより、ちゃんとライブハウスだな」
ハヤテが軽口を叩くが、スティックを握る手は落ち着かない。
「当たり前だろ」
ヒナタはギターのチューニングをしながら答える。
指先が、わずかに震えているのが自分でも分かった。
コウタは、黙ってベースを抱えたまま壁にもたれていた。
「……客、いるかな」
「少しはいるだろ」
誰の慰めにもならない言葉が落ちる。
スタッフが顔を出す。
「次、スノーフレークスさん、お願いします」
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥がぎゅっと締まった。
ステージは想像より低く、
客席との距離が、やけに近い。
ライトが当たる。
視界の端に、見覚えのある影があった。
小雪だ。
最前列ではない。
少し後ろで、静かに立っている。
それだけで、ヒナタは息を整えられた。
「行くぞ」
ハヤテが言う。
短いカウント。
音が鳴る。
最初の数小節は、正直、覚えていない。
音を出すことに必死で、余裕などなかった。
途中で、ヒナタの声が裏返る。
一瞬、頭が真っ白になる。
それでも、止まらなかった。
ハヤテのリズムが強く前に出て、
コウタのベースが低く支える。
ヒナタは、力を抜いた。
小雪の言葉を思い出す。
声の置き場。
最後のサビ。
今までで一番、素直な声が出た気がした。
曲が終わる。
一拍の沈黙。
小さな拍手が、ばらばらに起こる。
大きくはない。
けれど、確かに向けられたものだった。
ステージを降りた瞬間、足が少し笑った。
「……終わったな」
ハヤテが息を切らしながら言う。
「うん」
ヒナタは、椅子に座り込む。
「正直」
コウタが言う。
「完璧じゃなかった」
「全然だな」
ハヤテが苦笑する。
それでも、三人の顔に後悔はなかった。
外に出ると、夜風が冷たい。
小雪が、静かに近づいてくる。
「お疲れさま」
「どうだった?」
ヒナタは、答えが怖くて、少しだけ目を逸らした。
小雪はすぐには答えなかった。
「……一瞬」
ゆっくり言う。
「音が、ちゃんと残ったところがあった」
その言葉が、胸に深く刺さる。
スノーフレークスの初めてステージ。
うまくはいかなかった。
でも、確かな一歩。
前進だ。




