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Snow flakes   作者: 山吹 ことり
高校編

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幕間|距離の音

 放課後の音楽室は、思っていたより狭かった。


 ヒナタはギターを抱えたまま、椅子に腰を下ろす。

 弾く前に、少しだけ間を取る癖が、いつのまにか身についていた。


「弾かないの?」


 小雪が聞く。


「今、聞いてる」


 窓の外で、風が木を揺らす音。

 廊下を走る足音。

 遠くでドアが閉まる音。


 全部が、混ざっている。


 ヒナタは弦に触れ、軽く鳴らした。

 音は、ちゃんと返ってきた。


「……これ、続ける」


 小雪は一瞬だけ目を瞬かせる。


「決めたんだ」


「たぶん」


「たぶん、でいいよ」


 それ以上、小雪は何も言わなかった。

 前みたいに、説明もしない。


 それから、小雪は音楽室にあまり来なくなった。

 来ても、ドアの外で立ち止まる。

 ヒナタが弾く音を、少しだけ聞いて、帰る。


 話しかけない。

 邪魔もしない。



 ある日、ハヤテが気づいて言った。


「最近、入ってこないな」


「うん」


「なんで?」


 小雪は少し考える。


「今は、私がいると、音が変わるから」


 ハヤテはすぐには返さなかった。


「悪い意味じゃないよ」


 小雪は、少しだけ笑う。


「ちゃんと、一人で鳴らせるようになった」


 それは、褒め言葉だった。


 ドアの前で、何度か立ち止まった。

 中から聞こえる音は、もう前みたいに揺れていない。


 間があって、

 迷いが少ない。


 いい音だ、と思う。

 だから、入らない。


 入ってしまったら、癖で口を出す。

 音の話をする。

 間の話をする。


 それはもう、今のヒナタには必要ない。


 必要ないものになるのは、少しだけ寂しい。

 でも、それ以上に、嬉しい。


 音が、ちゃんと自立している。

 だから、距離を取る。


 離れるためじゃない。

 壊さないため。



 放課後の音楽室に、コウタが顔を出した。


「ヒナタ、今いい?」


「うん」


 短いやり取りのあと、コウタは周囲を見渡す。


「……最近、小雪いないな」


 ヒナタは弦に触れたまま、少しだけ間を置いた。


「いるよ。外には」


「入ってこない?」


「うん」


 理由を説明しようとして、やめた。


 コウタはそれ以上聞かず、椅子に腰を下ろす。


「悪い感じじゃないな」


「なにが」


「距離」


 ヒナタは顔を上げた。


「前は、二人で一つの音みたいだっただろ」


「……」


「今は別々だ。でも、ズレてない」


 コウタは譜面を指で叩く。


「むしろ、揃いやすくなってる」


 その言葉で、ヒナタは気づく。


 距離は、断絶じゃない。

 調整だ。



 廊下の窓際で、小雪は立ち止まっていた。


 中から聞こえる音に、別の音が重なる。

 コウタの声。

 ヒナタの返事。


 前より、少しだけ輪郭がはっきりしている。


「……うん」


 小さく頷く。


 入らなくてよかった。

 今は、音が音として、ちゃんと並んでいる。


 その日の帰り道、公園の前ですれ違う。


「おつかれ」


「おつかれ」


 それだけ。


 でも、立ち止まらない。

 同じ方向へ、同じ速度で歩き出す。


 距離は、ある。

 けれど、もう迷いはない。


 間は、埋めるものじゃない。

 揃えるために、残すもの。


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