名前を出す場所
放課後の音楽室は、いつもより静かだった。
昨日の余韻が残っているのか、三人とも無駄に音を鳴らそうとしない。
「なあ」
スティックを太ももに当てながら、ハヤテが口を開いた。
「ライブ、出てみない?」
ヒナタは一瞬、手を止めた。
「……ライブ?」
「文化祭とかじゃなくてさ」
ハヤテは少し前のめりになる。
「駅前の小さい箱。知り合いが出るらしい」
コウタが顔を上げる。
「俺たちでも?」
「出られるって。
持ち時間も短いし、持ち曲一曲でもいいって」
音楽室に、しんとした空気が落ちる。
「それって」
ヒナタが言う。
「名前、出すってことだよな」
「当たり前だろ」
ハヤテは即答した。
「スノーフレークスって書かれる」
その言葉が、思った以上に重かった。
黒板に名前を書くこととは違う。
知らない人の前で、
知らない場所で、
その名前を名乗る。
「……まだ早くない?」
ヒナタがぽつりと言う。
コウタは否定しなかった。
「正直、俺も少し思う」
「じゃあ、やめる?」
ハヤテは冗談めかして言ったが、目は真剣だった。
ヒナタは考える。
あの日、
名前を呼ばれたときの感覚。
知らない人に音を聴かせたときの緊張。
「小雪」
ふと、ヒナタは名前を出した。
「この前さ」
「俺たちの音、預けたよな」
二人が頷く。
「覚悟ってさ」
ヒナタは、ゆっくり言葉を選ぶ。
「準備できたら来るんじゃなくて、
やるって決めたあとに、追いつくものかもしれない」
コウタが、静かに息を吸う。
「……逃げ道は無くなるね」
「でも」
ハヤテが笑う。
「それ、バンドっぽくね?」
三人の視線が重なる。
「出よう」
コウタが、はっきり言った。
「条件は一つ」
「何?」
「一番ちゃんとした音で行く」
ヒナタは、深く頷いた。
「スノーフレークスで」
その名前を口にすることに、
もう迷いはなかった。
初めて名前を掲げる場所を決めた。
小さなステージ。
心は、自然と前を向いていた。




