その名前を呼ぶ声
夕方の駅前は、人の流れが途切れず続いていた。
吐く息ははっきりと白く、外気にさらされた耳がじんと冷える。
三人は自然と、いつもの公園を通っていた。
名乗ったはずなのに、不思議と実感はまだ薄い。
「……なんかさ」
ハヤテが言う。
「決めたのに、世界は何も変わってねえな」
「そんなもんだろ」
ヒナタは笑うが、胸の奥では同じことを思っていた。
「名前って、呼ばれて初めて形になるのかもな」
コウタが静かに言う。
そのとき。
「ヒナタ」
聞き覚えのある声がした。
振り向くと、小雪が立っていた。
いつものノートを抱え、少しだけ息を切らしている。
冷えた空気に吐く息が白くほどける。
ヒナタの胸の奥が、理由もなく強張った。
「また会ったね」
「ほんとだな」
ヒナタは照れ隠しのように頭をかく。
「さっき、音楽室から音が聞こえた気がして」
「気のせいじゃないよ」
ハヤテが即答した。
「ちゃんとやってた」
小雪は三人を見渡して、ふっと笑う。
「決めた?」
一瞬、間が空く。
ヒナタが、ゆっくり頷いた。
「うん」
「名前」
小雪は少しだけ間を置いた。
「……呼んでみる?」
「うん」
その答えを確かめてから、小雪は続ける。
「じゃあ」
まっすぐに。
「スノーフレークス」
その一言で、胸の奥がはっきりと鳴った。
コウタが小さく息を吸う。
「……呼ばれると、違うな」
「でしょ」
小雪は当然のように言った。
「ちゃんと音がある名前だと思う」
ハヤテがにやっと笑った。
「一番最初のファン、確定?」
「まだライブもしてないのに?」
それに、ヒナタが返す。
「だからこそ、でしょ」
小雪はノートを胸に抱え直した。
「この名前、雪が降る前の音がする」
ヒナタは、胸の奥に残った小さな熱が、
ゆっくり広がっていくのを感じた。
冷たい外気に触れて、
熱を帯びた頬が少し落ち着く。
名前が、初めて声になった。
拍手も、歓声もない。
けれど確かに、世界に触れた瞬間だった。




