偶然
放課後の音楽室は、思っていたよりも広かった。
窓が多く、春の光が斜めに差し込んでいる。
白い床に落ちた影が、時間と一緒にゆっくり動いていた。
ヒナタは、そっとドアを開けた。
ギターケースを肩から下ろし、壁際に立てかける。
その時、奥の方で椅子が小さく鳴った。
「あ」
声を出したのは、ベースを抱えたコウタだった。
お互い、少しだけ気まずそうに会釈する。
「…どうぞ」
「うん」
ヒナタが弦を軽く鳴らす。
音は、思ったよりもよく響いた。
天井に当たって、ゆっくり戻ってくる。
その響きに重なるように、ドアがもう一度開く。
「空いてる?」
ドラムスティックを一本だけ持ったハヤテが、顔を出した。
楽器はない。けれど、慣れた足取りだった。
「どうぞ」
ヒナタはコードをひとつ、適当に鳴らした。
音を探しているというより、
指の置き場を確かめているだけ。
少し遅れて、コウタが低い音を重ねる。
こちらも決まりはない。
弦を押さえ、離し、また押す。
ハヤテはスティックで机の縁を軽く叩いていた。
一定ではない。
気分で、間を空けたり、詰めたりする。
ばらばらの音。
誰も合わせようとしていない。
視線も、合っていない。
それなのに。
一瞬だけ、
コードとベースとリズムが、ぴたりと重なった。
意図したわけではない。
合図もない。
三人とも、同時に手を止める。
「……今の」
誰ともなく、視線が合う。
確かめるような、静かな間。
もう一度やろうとしても、同じにはならない。
わかっているから、誰も再現しようとしなかった。
音楽室の空気が、少しだけ変わる。
ヒナタは、弦に視線を落としたまま、もう一音鳴らす。
コウタも、何も言わずに次の音を足す。
ハヤテは、また机を叩き始めた。
さっきより、ほんの少しだけ、
音の間隔が近かった。




