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第7話:スキルの本質

僕たちが祝杯をあげたのは、お世話になっている宿屋『木漏れ日亭』の食堂だった。

といっても、祝杯の中身は高価なエールではなく、宿の女主人がサービスしてくれた、具だくさんの温かいスープだ。僕たちの目の前のテーブルには、今日の稼ぎである三枚の銀貨が、誇らしげに置かれている。


「はぁ〜、おいしいです!頑張った後ご飯は最高ですね!」

エララは大きな木のスプーンでスープを頬張りながら、幸せそうに目を細めている。その無邪気な姿を見ていると、僕の心まで温かくなるようだった。

『深紅の剣』にいた頃、依頼を終えた後の食事は、いつも緊張感に満ちていた。アレックスの自慢話と、他のメンバーの空虚な追従。そこには、仲間と成功を分かち合うという温かい雰囲気など欠片も存在しなかった。


それに比べて、今はどうだろう。

たった三枚の銀貨。されど、僕たちが力を合わせて手にした、かけがえのない報酬だ。

この一杯のスープは、王都で食べたどんな豪華な料理よりも、ずっと美味しく感じられた。


「しかし、すごかったですね、さっきの魔法……」

スープを飲み干したエララが、興奮を思い出すように瞳を輝かせた。

「私、あんなに完璧に魔法をコントロールできたの、初めてです!まるで、レオさんと一緒に魔法を撃っているみたいでした!」

「一緒に……ですか」

「はい!私が魔力を込めて、レオさんがそれを綺麗に整えて、最高の形で撃ち出してくれる、みたいな!レオさんは、世界一の司令塔ですよ!」


司令塔。その言葉に、僕はハッとした。

そうだ。僕の役割は、まさにそれなのかもしれない。

僕はこれまで、自分のスキルをあくまで「後方支援」や「雑用」の延長線上にあるものだと考えていた。だが、違う。


「エララさん、少し僕の考えを聞いてもらえますか?」

僕は居住まいを正し、真剣な眼差しで彼女に向き直った。

「はい、もちろんです!」


「僕のスキル【整理整頓】は、おそらく『物事の効率を最大化する』能力なんだと思います」

「効率の、最大化……?」

「はい。例えば、エララさんの魔法。エララさんは強大な魔力を持っていますが、コントロールが苦手なせいで、その力の多くが無駄になっていました。魔力が術式から漏れ出したり、流れが滞ったり……。言うなれば、たくさんの穴が開いたバケツで水を運んでいるような状態です」

「うっ……耳が痛いです……」


エララは少ししょんぼりするが、僕は構わず続けた。

「僕がやったのは、そのバケツの穴を全て塞ぎ、水が一切溢れないように『整えた』ことです。僕は魔力を生み出したり、加えたりしたわけじゃありません。エララさんが元々持っていた力を、一滴も無駄にすることなく、100%の形で運用できるように最適化した……それが、あの現象の正体なんだと思います」


「最適化……」

エララはゴクリと喉を鳴らす。

「だから、あれは僕一人の力でも、エララさん一人の力でもない。僕たちの力が合わさって初めて、あの威力が生まれるんです」


僕の言葉に、エララはしばらく黙って何かを考えていたが、やがて顔を上げると、その瞳には強い決意の光が宿っていた。

「つまり、私はもっともっと魔力を高めればいいんですね!私が強くなればなるほど、レオさんが最適化してくれる魔法も、もっともっと強力になるってことですから!」


「……その通りです。そして僕は、エララさんの強大な魔力を、より精密に、より完璧に『整える』ための訓練をする必要があります」

僕のスキルは、魔力(MP)ではなく、精神的な集中力を消費する。先程の一回だけでも、かなりの疲労感があった。これを連続して使えるようになるには、相応の訓練が必要だろう。


僕たちは、自然と互いの役割を理解していた。

エララは、圧倒的な火力を誇る『矛』。

僕は、その矛の性能を限界以上に引き出す『鞘』であり『射手』。

僕たちは、二人で一つの完成された兵器なのだ。


「なんだか、すごくワクワクしてきました!」

エララが拳を握りしめる。

「私たちなら、なんだってできそうな気がします!ドラゴンだって、倒せるかもしれません!」

「ドラゴンは、さすがにまだ早いと思いますけど……」

僕は苦笑しつつも、彼女のその根拠のない自信が、今はとても頼もしく感じられた。


「そのためにも、まずはお金を稼いで、装備を整えないといけませんね」

僕がテーブルの上の銀貨を示すと、エララはこくこくと頷いた。

「そうですね!私の杖も、そろそろ限界ですし……。レオさんの装備も、追放された時のままで、見ていて寒々しいです!」

「う……」

的確な指摘に、僕は言葉を詰まらせる。確かに、僕が着ているのは旅の間ずっと着ていた、擦り切れた布の服だけだ。


「よし、決めました!明日はもっと依頼をこなしましょう!稼いで、稼いで、稼ぎまくりますよ!」

「ええ、そうですね。でも、あまり派手な魔法を使いすぎるのは、目立つのでやめておきましょう。今日のことは、二人だけの秘密です」

「はい、もちろんです!私たちの『切り札』ですからね!」

エララは悪戯っぽく片目をつむった。その表情は、僕が今まで見たどんな顔よりも魅力的だった。


その夜、僕は自分の部屋のベッドで、天井を見つめながら今日の出来事を振り返っていた。

追放されてから、まだ数日しか経っていない。

それなのに、僕の周りの世界は、まるで色がついたかのように変わり始めていた。


孤独だった僕の隣には、僕の力を信じてくれる仲間ができた。

役立たずだと信じていた僕のスキルは、世界最強の可能性を秘めていた。

そして、無価値だと思っていた僕の存在を、「必要だ」と言ってくれる人が現れた。


ポケットを探ると、昼間に受け取った銀貨の、冷たくて硬い感触が指に伝わってくる。

たった三枚。

だが、この三枚の銀貨は、僕が『深紅の剣』で稼いだどんな大金よりも、ずっと温かく、そして重い。

これは、僕が僕自身の力で、仲間と共に掴み取った、新しい人生の最初のカケラなのだ。


僕は銀貨をそっと握りしめ、目を閉じた。

明日からは、もっと忙しくなるだろう。

だが、その忙しさは、かつての苦痛な日々とは全く違う、希望に満ちたものになるに違いなかった。

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