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第6話:100倍増幅

森の静寂の中に、僕とエララの呆然とした呼吸音だけが響いていた。

目の前には、巨大なクレーター。中心部は熱で融解し、不気味な輝きを放っている。少し前まで、ここにゴブリンの集落があったなどとは、誰も信じないだろう。証拠も、痕跡も、灰すら残さず完全に消滅してしまったのだから。


「……あの、レオさん」

エララがおずおずと僕の袖を引いた。

「依頼内容は『ゴブリンの掃討』でしたよね?」

「はい、そうですね」

「これ、ちゃんと『掃討』できてますかね……?」

「……森ごと掃討しかけた感は否めませんが、ゴブリンがいなくなったのは間違いないと思います」


僕たちは顔を見合わせ、乾いた笑いを漏らした。

冗談でも言っていなければ、目の前の非現実的な光景に押しつぶされてしまいそうだった。

これが、僕たちの最初の戦果。

Fランク冒険者の初仕事としては、あまりにも規格外すぎる結果だった。


「と、とにかく、他に残党がいないか確認しましょう!」

エララが気を取り直して提案し、僕もそれに頷いた。

僕たちはクレーターの周囲を慎重に探索する。僕のスキル【整理整頓】は、周囲の環境の「乱れ」――すなわち、魔物の気配や足跡といった異常を敏感に察知できる。幸い、この一帯からゴブリンの気配は完全に消え失せていた。おそらく、生き残りがいたとしても、先程の爆発を見て一目散に逃げ出したのだろう。


安全を確認し、僕たちはクレーターの縁に腰を下ろした。

改めて、自分たちがしでかしたことの大きさを実感する。


「レオさん……さっきの、一体どうやったんですか?」

興奮冷めやらぬ様子で、エララが尋ねる。

「私の【ファイアボール】が、あんな威力になるなんて……。まるで別の魔法みたいでした」


「僕にも、まだよくわかっていません」

僕は正直に答えた。

「ただ、エララさんの魔法が暴発しそうに見えたので、咄嗟に『整えよう』と思ったんです。そうしたら、勝手に……」


僕は自分の手のひらを見つめる。

この手に宿るスキル、【整理整頓】。

それは、単に物を片付けたり、綺麗にしたりするだけの能力ではなかった。


『深紅の剣』にいた頃、僕は武具のメンテナンスに使っていた。剣の刃こぼれを『整え』、鎧の歪みを『整え』、常に新品同様の状態を維持していた。

ハルモニアに来てからは、薬草の仕分けやポーションの調合に使った。素材の大きさを『整え』、温度を『整え』、完璧な調合を可能にした。


そして、今。

僕は、形のない『魔法』そのものを『整えた』のだ。


エララの魔法は、強大な魔力が無秩序に詰め込まれた、いわば「乱雑な部屋」のような状態だった。僕はその部屋に入り、魔力の流れという家具をあるべき場所に再配置し、無駄な空間をなくし、術式という設計図通りに完璧に『整頓』した。


その結果、どうなったか。

無駄がなくなり、全てのエネルギーが一つの方向へと収束したことで、元の魔法とは比較にならないほどの超高密度なエネルギー体へと変貌したのだ。

威力がおそらく、100倍近くに増幅された、と言っても過言ではないだろう。


「……つまり、レオさんのスキルは、物だけじゃなくて、魔法みたいな『概念』にも干渉できるってこと……?」

エララの言葉に、僕はゆっくりと頷いた。

僕自身、今この瞬間、自分のスキルの本質をようやく理解し始めていた。


これは、ただの雑用スキルなどではない。

万物のエネルギー効率を最大化させる、究極の支援バフスキル。

それが、僕の【整理整頓】の正体だったのだ。


その事実に気づいた瞬間、僕の身体を、武者震いのようなものが駆け巡った。

三年間、役立たずと蔑まれ、自分自身でもそう信じ込んできた力が、実はとんでもない可能性を秘めていた。


「すごい……すごいです、レオさん!」

僕の隣で、エララは自分のことのように喜んでくれていた。その翠色の瞳は、尊敬と信頼の色でキラキラと輝いている。

「私の魔力と、レオさんのスキルがあれば、私たちは本当に最強になれます!絶対に!」


彼女の言葉が、今度は何の抵抗もなく、僕の心にすとんと落ちてきた。

そうだ。僕たちは、なれるかもしれない。

僕一人では、何の力も持たない。エララ一人では、その力を扱いきれない。

だが、僕たちが二人でいれば。互いの欠点を補い合えば、きっとどこまでも強くなれる。


「……帰りましょうか、エララさん」

僕は立ち上がり、彼女に手を差し伸べた。

「ギルドに、報告しないと」

「はいっ!」


エララは僕の手を取り、満面の笑みで立ち上がった。

その笑顔を見ていると、『深紅の剣』で負った心の傷が、少しだけ癒えていくような気がした。


冒険者ギルドに戻った僕たちは、カウンターで依頼完了の報告をした。

「お、ゴブリン討伐、もう終わったのかい?ずいぶん早かったじゃないか」

受付の女性が、感心したように僕たちを見る。

「は、はい。まあ、思ったより数が少なかったので……」

僕がしどろもどろに答えると、隣のエララが「そうなんです!あっという間でした!」と元気に付け加える。森に巨大なクレーターを作ってしまったことなど、おくびにも出さない。


受付嬢は僕たちのギルドカードを受け取ると、慣れた手つきで処理を進めていく。

「よし、確認したよ。これがお二人への報酬、銀貨三枚だ。それと、討伐証明としてギルドポイントを付与しておくね。これを貯めれば、ランクアップできるから頑張って」


カウンターに置かれた、三枚の銀貨。

それは、Sランクパーティにいた頃の報酬に比べれば、鼻で笑うほどの金額だ。

だが、僕にとって、この銀貨は今まで手にしたどんな報酬よりも重く、そして輝いて見えた。


自分の力で、仲間と協力して、初めて稼いだお金。


「ありがとうございます」

僕が銀貨を受け取ると、隣のエララが「やりましたね、レオさん!」と嬉しそうに僕の肩を叩いた。

「はい。やりましたね、エララさん」


僕たちは顔を見合わせ、笑い合った。

追放されてから、初めて心から笑えた瞬間だったかもしれない。


僕の新たな人生は、まだ始まったばかりだ。

隣には、僕の力を信じてくれる、最高の相棒がいる。

胸の中に宿る、この温かい確信と、銀貨三枚の重みをポケットに感じながら、僕たちはギルドを後にした。

ハルモニアの夕焼けが、僕たちの小さな船出を祝福してくれているようだった。

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