第4話:スキルの片鱗
エララに導かれて僕が連れてこられたのは、広場の喧騒から少し離れた、一軒の小さな喫茶店だった。薬草を扱う店も兼ねているらしく、店内には心地よいハーブの香りが漂っている。
「レオさん、さっきは本当にありがとうございました!ここ、私のおすすめなんです。お礼に、好きなものを頼んでください!」
メニューを僕の前に差し出しながら、エララは屈託のない笑顔を向ける。その純粋な好意に、僕はどうにも慣れないものを感じていた。『深紅の剣』では、誰かに感謝されるどころか、何かを奢ってもらうことなど一度たりともなかったからだ。
僕たちが頼んだハーブティーが、柔らかな湯気と共にテーブルに運ばれてくる。エララはカップを両手で包み込むように持つと、ふぅ、と一息ついた。
「それで、ご相談したいこと、というのは……」
僕が切り出すと、エララは少しだけ言い淀んだ後、意を決したように顔を上げた。
「はい。その……まず、レオさんのあの凄いスキルについてお聞きしてもいいですか?一体、どんな能力なんですか?」
「ええと、【整理整頓】というスキルで……その名の通り、物を整理したり、整えたりするだけの、地味なスキルです」
「地味なんかじゃありません!」
僕の言葉を、エララは即座に、そして力強く否定した。
「レオさんのスキルは、奇跡です!だって、あんなにグチャグチャだった薬草を、一瞬で完璧に仕分けしてくれたんですよ?熟練の薬師でも一日かかる作業です!」
彼女の真剣な眼差しに、僕はたじろいでしまう。僕にとって当たり前だったこの行為が、他人には「奇跡」のように映る。その事実が、僕をひどく混乱させた。
「……エララさんは、なぜあの薬草を?」
「あっ、そうでした!実は私、冒険者としてもっと強くなりたくて、あるポーションを作ろうとしていたんです」
彼女はそう言うと、少し恥ずかしそうに俯いた。
「私、魔力だけは人一倍あるみたいなんですけど、その……コントロールが全然ダメで。魔法を撃てば暴発寸前、繊細な作業をしようとすれば、この通り……」
エララは自分の手をしょんぼりと見つめる。先程、荷車をひっくり返したことを思い出しているのだろう。
「それで、『魔力制御ポーション』を作ろうと思ったんです。でも、その調合がすごく難しくて。材料の一つでも切り方を間違えたり、分量を間違えたりすると、すぐに失敗しちゃうんです。今日の薬草は、その最後の材料でした。何度も失敗して、ようやく貯めたお金で買ったものだったから……本当に助かりました」
彼女の話を聞いて、僕は初めて彼女が抱える問題を知った。強大な力と、それを扱いきれない不器用さ。それは、彼女にとって深刻な悩みであるに違いなかった。
「レオさん!お願いがあります!」
エララはテーブルから身を乗り出し、僕の手をぎゅっと握った。
「そのスキルで、私のポーション作りを手伝ってはもらえませんか?レオさんのあの精密さがあれば、きっと成功すると思うんです!」
「僕が、ポーションを……?でも、僕は調合の知識なんて全く……」
「大丈夫です!やり方は全部、私が説明しますから!お願いです!」
まっすぐな瞳で見つめられ、僕は断ることができなかった。誰かに、こんなにも真剣に必要とされたのは、生まれて初めてのことだった。
僕たちはエララが借りているという、宿屋の工房へと向かった。
工房の中は、彼女の性格を反映してか、様々な道具や素材がところ狭しと置かれており、少し雑然としていた。僕の中に、またしても「整えたい」という衝動が湧き上がってくるのを、ぐっと堪える。
「ええと、これがレシピです」
エララが広げた古い本には、複雑な手順がびっしりと書き込まれていた。
「まず、この『月雫草』を、砂粒ほどの大きさに、全て均一に刻む、と……。これがもう、私にはできなくて」
彼女がやると、大きさがバラバラになったり、葉脈を潰してしまったりするのだという。
「僕がやってみましょう」
僕は月雫草の葉を受け取ると、まな板の上に置いた。そして、スキルを発動する。
【整理整頓】――目標:月雫草の葉。状態:裁断。結果:均一な砂粒大の粒子に『整える』。
僕がナイフを一度、葉の上に滑らせただけ。
それだけだったのに、まな板の上の葉は、まるで魔法のようにサラサラと音を立てて崩れ、一粒一粒が全く同じ大きさの、完璧な緑色の粒子へと変わった。
「…………はわわ」
エララの口から、奇妙な声が漏れる。
「つ、次です!『炎トカゲの鱗』を乳鉢で、熱を加えながら、摩擦熱が一定になるようにすり潰す……」
彼女がやると、熱が上がりすぎて焦げてしまったり、逆に足りなくて生煮えになったりするらしい。
僕は乳鉢を受け取ると、鱗を入れてすりこぎを握った。
【整理整頓】――目標:乳鉢内の温度。状態:一定に『整える』。
僕がすりこぎを回し始めると、乳鉢の中がじんわりと、しかし絶対に揺らぐことのない一定の温度で温められていく。摩擦熱が完璧にコントロールされ、鱗は滑らかな赤い粉末へと姿を変えた。
その後も、エララの指示に従って、僕は次々と工程をこなしていった。
『泉の妖精の涙』を三滴、一秒の間隔も狂わせずに滴下する。
大鍋の液体を、底の温度と水面の温度が寸分違わぬ状態になるよう、完璧な対流を意識してかき混ぜる。
僕自身、驚いていた。
僕のスキルは、ただ物を並べ替えたり、掃除したりするだけの力ではなかった。
温度、大きさ、時間、濃度。そういった、形のない『概念』すらも、あるべき最適な状態に『整える』ことができるのだ。
全ての工程が終わり、大鍋の中を覗き込む。
レシピによれば、完成したポーションは「少し濁った茶色」になるはずだった。
しかし、鍋の中で静かな輝きを放っている液体は、茶色などではなかった。
どこまでも透き通った液体の中で、まるで虹の欠片を溶かしたかのように、七色の光がゆるやかに揺らめいている。それは、およそこの世のものとは思えないほど、神秘的で美しい液体だった。
「な……なに、これ……」
エララは呆然と、その液体を見つめている。
「レシピと、違う……?もしかして、失敗、でしょうか?」
僕が不安になって尋ねると、エララは勢いよく首を横に振った。
「ううん!失敗なんかじゃない!こんなに清浄で、高純度のマナを宿したポーション、見たことない!これ……これなら、きっと!」
エララは完成した虹色のポーションを小瓶に汲むと、一気にそれを飲み干した。
すると、彼女の身体から、今までとは比べ物にならないほど、穏やかで、それでいて強大な魔力が、澄んだオーラとなって立ち上った。
「すごい……!身体中の魔力が、まるで手足みたいに思い通りに動く……!これなら!」
エ-ララは僕の方を振り返ると、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、僕が今まで見たどんな宝石よりも、眩しく輝いていた。
「レオさん!ありがとう!本当にありがとう!あなたのおかげです!」
「い、いえ、僕は言われた通りにしただけで……」
「ううん!レオさんがいなければ、絶対にできませんでした!あなたのスキルは、やっぱりすごいです!最強のスキルです!」
最強、という言葉。
「役立たず」としか言われたことのなかった僕には、あまりにも縁遠い言葉だった。
エララは興奮冷めやらぬ様子で、僕の両手を再び握りしめた。
「レオさん!私、決心しました!」
「え?」
「私と、パーティを組んでください!」
彼女の翠色の瞳が、まっすぐに僕を射抜く。
「私の魔法と、レオさんのスキルがあれば、私たちはきっと、最強のパーティになれます!お願いです!一緒に冒険をしてください!」
まっすぐな期待。曇りのない信頼。
それは、僕が三年間、喉から手が出るほど欲しかったものだった。
最強のパーティ。
その言葉の響きに、僕の心臓が、今まで感じたことのない熱を帯びて、大きく、強く、鳴り始めた。
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