第2話:追放
Sランクパーティ『深紅の剣』を追放された僕、レオは、降りしきる冷たい雨の中を一人、歩いていた。
アレックスたちに渡されたのは、粗末な布の服と、数日分の食料、そして雀の涙ほどの金貨だけ。三年間、パーティのために粉骨砕身で働いてきた対価がこれだと思うと、自嘲気味な笑いが込み上げてくる。
ぬかるんだ道に足を取られながら、僕は先程までの出来事を反芻していた。
リーダーのアレックス。彼は常に自分が一番でなければ気が済まない男だった。彼の栄光のためなら、仲間を切り捨てることなど何とも思わない。以前、彼の鎧の胸当てに微細な亀裂を見つけ、僕が徹夜で修復したことがあった。そのおかげで彼は強敵の一撃を防げたというのに、彼が口にしたのは「俺の武運が強かったからだ」という一言だけだった。僕の貢献など、彼の目には最初から映っていなかったのだ。
魔術師のセラフィナ。類稀なる美貌と魔力の持ち主だが、そのプライドはエベレストよりも高い。彼女が新しい魔法の習得に苦戦していた時、僕は彼女が読み散らかしていた膨大な資料を徹夜で整理し、術式の矛盾点を指摘するメモを挟んでおいた。翌日、彼女は難なく魔法を成功させ、「やはり私は天才ね」と微笑んでいた。僕の助けがあったなどとは、夢にも思わなかっただろう。彼女にとって、僕は視界の隅に映る家具程度の存在でしかなかった。
神官のギデオン。彼は温厚で、パーティの中では唯一、僕に優しく接してくれることもあった。しかし、それはアレックスがいない時だけ。いざとなれば、彼はパーティ内の力関係を覆してまで僕を庇うような勇気は持ち合わせていなかった。今日の追放劇でも、彼はただ俯いて、僕と目を合わせようともしなかった。彼の優しさは、無力な同情心に過ぎなかったのだ。
斥候のミア。彼女は常に強い者の味方だった。誰が正しくて誰が間違っているかなど、彼女にとっては些細な問題だ。パーティの序列で有利な側に立つ。それだけが彼女の行動原理だった。僕がどれだけ彼女の隠密道具を手入れしても、彼女が僕にかける言葉は「ちゃんと仕事してるみたいね、荷物持ちのわりに」という見下した一言だけだった。
思い出すほどに、胸の奥が氷のように冷えていく。
僕が信じていた絆など、そこには存在しなかった。彼らにとって僕は、便利な道具。壊れたり、不要になったりすれば、何の躊躇もなく捨てられるだけの存在。それだけだったのだ。
雨脚が強くなり、僕は近くにあった大木の洞に身を滑り込ませた。ずぶ濡れの服が体温を奪っていく。このままでは凍えてしまう。僕は小さなポーチから、火口箱と乾いた薪を取り出した。これも、【整理整頓】のスキルを使い、ポーチの僅かな隙間に完璧な配置で収納していたものだ。
湿った空気の中でも、僕が手入れした火口は一発で火花を散らし、乾いた薪に小さな炎が灯った。パチパチと音を立てて燃え上がる炎が、じんわりと身体を温めてくれる。
「はぁ……」
温かい炎を見つめていると、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。悔しさとか、悲しさとか、そういう激しい感情ではない。ただ、ひどい無力感と虚しさが、ずっしりと心にのしかかってくる。
三年間、僕は一体何をしてきたのだろう。
僕のスキル【整理整頓】は、戦闘では何の役にも立たない。それは事実だ。だからこそ、僕は他の部分で貢献しようと必死だった。誰よりも気を配り、誰よりも細やかに働き、パーティという一つの歯車が円滑に回るための潤滑油になろうとしてきた。
だが、結果はこれだ。
歯車そのものである彼らにとって、潤滑油などいくらでも替えがきく消耗品でしかなかった。
「……これから、どうしようか」
独り言が、雨音に混じって虚しく響く。
王都に戻っても、Sランクパーティを追い出された僕を雇ってくれる者などいないだろう。噂はあっという間に広まるはずだ。「深紅の剣に見捨てられた、スキルのない役立たず」と。
いっそ、冒険者など辞めてしまおうか。
だが、僕にはそれ以外の生き方を知らない。物心ついた頃から孤児院で育ち、冒険者になることだけが、そこから抜け出す唯一の道だった。
ぼんやりと炎を見つめながら、僕は一枚の古い地図を広げた。王都から遥か東。そこには、小さな街の印がある。
「ハルモニア……」
辺境の街。新米冒険者や、都会での暮らしに疲れた者たちが流れ着く場所だと聞いたことがある。王都の華やかさはないが、実力さえあれば誰でも受け入れてくれる自由な気風の街だと。
ここからなら、歩いて一週間はかかるだろうか。
王都でのしがらみも、僕を嘲笑う者もいない場所。
そこなら、やり直せるかもしれない。
「……よし」
僕は乾き始めた服を着て、立ち上がった。
目的もなく彷徨うのはもう終わりだ。まずは、ハルモニアを目指そう。
それからの旅は、過酷なものだった。
道中は野盗や魔物が出る。戦闘能力のない僕は、ひたすら気配を殺し、街道を外れた獣道を選んで進んだ。夜は洞窟や大木の陰で火も起こさずに眠り、固い乾パンを水で流し込むだけの食事が続いた。
かつてSランクパーティにいた頃が嘘のようだ。あの頃は、どんな危険な場所でも仲間がいて、温かい食事と安全な寝床が確保されていた。それを準備していたのは、他の誰でもない僕自身だったのだが。
しかし不思議なことに、旅を続けるうちに、僕の心は少しずつ軽くなっていることに気づいた。
誰かに罵倒されることはない。
誰かの機嫌をうかがう必要もない。
明日の準備に追われることもない。
荷物は軽いが、自分の足で、自分の意思で進んでいる。失敗しても、それは全て自分の責任だ。その当たり前のことが、僕にとってはひどく新鮮だった。
追放された日の夜に感じた絶望は、いつしか静かな決意に変わっていた。
彼らを見返してやりたい、という気持ちがないわけではない。だが、それ以上に、僕自身の力で生きていきたいという思いが強くなっていた。
僕のスキル【整理整頓】は、本当に役立たずなのだろうか。
少なくとも、この過酷な旅で僕の命を繋いでくれたのは、このスキルで完璧に管理された、最低限の装備と食料だった。
雨が上がり、雲の切れ間から太陽の光が差し込んできたのは、旅を始めて七日目のことだった。
丘を一つ越えた時、僕の視界に、それまでとは違う風景が広がった。
緑の平原の向こうに、温かい色のレンガで造られた、素朴だがしっかりとした城壁が見える。城壁に囲まれた街からは、人々の活気ある声が風に乗って聞こえてくるようだった。
「……あれが、ハルモニア」
目的地に辿り着いた安堵感で、思わずその場に座り込んでしまう。
三年間、僕は「深紅の剣」のレオだった。
だが、今日、この瞬間から、僕はただのレオだ。
何を成すのか、どう生きるのか、全てが僕の自由。
僕はゆっくりと立ち上がり、服の泥を払った。
追放された惨めな男の顔ではなく、新たな人生を始める一人の冒公険者の顔で、あの門をくぐろう。
静かに深呼吸をして、僕はハルモニアの街へと続く道を、確かな足取りで歩き始めた。
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