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第13話:瘴気のゴーレム

ゴゴゴゴゴ……。

僕たちの目の前で、瘴気の水晶体に引き寄せられた岩塊が、一つの巨大な人型を成していく。その身体の隙間からは、脈動する心臓のように、邪悪な紫色の光が漏れ出ている。

全長五メートルはあろうかという、瘴気のゴーレム。それが、この鉱山の中心部と、僕たちの目的である『星屑のミスリル』の番人だった。


「レオさん、下がっていてください!」

僕がまだ『空気の回廊』の維持で消耗していると察したのか、エララが僕を庇うように一歩前に出た。その手には、新しい杖が力強く握られている。

「こいつは、私が!」


「【ファイアボール】!」

エララの詠唱と共に、ゴブリンを消し飛ばした時よりもさらに大きな火球が形成される。この広大な空洞ならば、崩落の心配もない。

僕は咄嗟に、残った集中力を振り絞って彼女の魔法を『最適化』する。火球は眩い白色光を放つ灼熱の塊へと変貌し、ゴーレムの胸板に直撃した!


ズウウウウウンッ!


凄まじい爆音と熱風が、空洞全体を揺るがす。

並の魔物なら、今の

一撃で跡形もなく消し飛んでいただろう。

しかし。


「……嘘」

エララの口から、絶望の色を帯びた声が漏れる。

爆炎が晴れた後、そこに立っていたゴーレムは、胸の中央が少し抉れているだけで、致命的な損傷を負った様子はなかった。それどころか、抉れた部分に周囲の濃密な瘴気を吸い寄せ、瞬く間にその傷を修復していく。


「そんな……再生能力まで……」

「ダメです、エララさん!ただ攻撃するだけじゃ、キリがありません!」


僕が叫んだ直後、ゴーレムが反撃に転じた。

巨体を揺らし、その岩の腕を僕たちに向かって振り下ろしてくる。

「きゃっ!」

僕たちは紙一重でその一撃を躱す。ゴーレムの拳が叩きつけられた地面は、轟音と共に砕け散り、巨大なクレーターができた。まともに食らえば、僕たちなど一瞬で肉塊になっていただろう。


(どうすればいい……?弱点はどこだ?)


僕は、瘴気ゴーレムを必死に観察する。

その巨体、圧倒的なパワー、そして厄介な再生能力。

だが、その動きは鈍重で、どこかぎこちない。まるで、出来の悪い操り人形のようだ。


(操り人形……?そうだ、こいつは、あの巨大な水晶体から瘴気のエネルギー供給を受けて動いているだけの人形なんだ)


そして、僕のスキル【整理整頓】が、ゴーレムの構造的な欠陥を暴き出していた。

あの巨体は、単に岩塊を瘴気のエネルギーで無理やり『接着』しているに過ぎない。その結合は、強力だが、ひどく『乱雑』で、不安定だ。


(攻撃すべきは、ゴーレム本体じゃない。あの『接着剤』の役割を果たしている、瘴気のエネルギーそのものだ……!)


僕の頭の中に、一つの、あまりにも大胆な作戦が閃いた。

成功する確率は、決して高くない。失敗すれば、僕の精神は焼き切られ、僕たちはここで終わりだ。

だが、これしか活路はない。


「エララさん!」

僕は、ゴーレムの次の攻撃を必死に避けながら叫んだ。

「僕に考えがあります!少しだけ、時間を稼いでください!」

「えっ、でも!」

「お願いです!僕を信じて!」


僕の真剣な眼差しに、エララは一瞬ためらった後、力強く頷いた。

「……わかりました!信じます、レオさん!」


彼女は覚悟を決めると、ゴーレムに向き直った。

【ウィンドカッター】!【ライトアロー】!

彼女は、威力を度外視し、速度と手数に優れた魔法を連続で放ち始めた。ゴーレムにダメージは与えられないが、その注意を自分に引きつけるには十分だ。

岩の拳が、光の矢が、風の刃が、狭い空洞の中で激しく交錯する。


その隙に、僕は全ての意識を、瘴気のゴーレム、ただ一点に集中させた。

『空気の回廊』の維持は、もう最低限だ。皮膚が、瘴気の毒にピリピリと焼けるのを感じる。だが、構わない。


(イメージしろ……。あのゴーレムを構成している、二つの要素。『岩』と『瘴気』。今は混沌と混じり合っている、あの二つを……)


(『仕分ける』んだ!)


僕の人生で、これほどまでに集中力を高めたことはなかった。

脳の血管が、焼き切れるのではないかというほどの熱を持つ。鼻から、つぅ、と生温かいものが垂れてきた。血だ。

だが、僕は構わずに、スキルの発動を続けた。


【整理整頓】――!!


目標:瘴気ゴーレムの構成要素。

指示:岩塊と瘴気エネルギーを、完全かつ強制的に『分離』せよ!


僕の意思が、世界に干渉する。

次の瞬間、僕たちの目の前で、常識ではありえない現象が起きた。


グルルル……?


僕たちを追い詰めていたゴーレムの動きが、ぴたり、と止まった。

そして、その巨大な身体の表面に、無数の亀裂が走る。

だが、それは物理的な亀裂ではなかった。亀裂の隙間から漏れ出してきたのは、血や溶岩ではなく、澄み切った、清浄な光だった。


「な……なにが……」

息を呑むエララ。


ゴーレムの身体を無理やり繋ぎ止めていた紫色の瘴気が、まるで磁石に反発する砂鉄のように、岩の身体から弾き出されていく。

『岩』は『岩』のあるべき場所へ。

『瘴気』は『瘴気』のあるべき場所へ。

僕のスキルが、その存在のあり方を、強制的に『整えた』のだ。


結合を失ったゴーレムは、もはやその形を維持できなかった。

ゴゴゴゴ……ガラガラガラッ……!

悲鳴のような音を立てて、その巨体は崩れ落ち、元の、ただの岩塊の山へと戻っていった。

岩の山から分離された瘴気は、行き場をなくして霧のように霧散し、やがて空洞の闇に溶けて消えていった。


静寂。

先程までの死闘が、まるで嘘のような静けさが、空洞を支配していた。


「……はぁ、はぁっ、……は……」

僕はその場に、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

全身から力が抜け、指一本動かせない。精神力の過剰な行使は、僕の身体に限界を超える負荷をかけていた。


「レオさん!しっかりしてください、レオさん!」

エララが、泣きそうな顔で僕の身体を抱き起こす。

僕は、霞む視界の中で、彼女に大丈夫だと伝えたくて、必死に微笑んでみせた。


「……勝ち、ましたね……」


僕たちは、勝ったのだ。

Eランクの、それも誰もが尻込みするような高難易度依頼を、たった二人で。

僕の「役立たず」なスキルで、この絶望的な状況を覆してみせたのだ。


僕の意識が遠のいていく中、視界の端に、あの巨大な水晶体の輝きが映った。

番人を失った瘴気の源。

そして、その中心で、僕たちを待つように輝く、青い星屑の光。


僕たちの戦いは、まだ終わってはいなかった。

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