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第12話:瘴気鉱山の怪物

僕がスキル【整理整頓】で作り出した『空気の回廊』は、まさに奇跡の道だった。

一歩先は、吸い込めば肺が焼けるであろう猛毒の瘴気が渦巻く死の世界。しかし、僕たちが歩むこの幅一メートルの空間だけは、まるで嵐の目の中のように、嘘のように空気が澄み渡っている。


「……すごい。レオさん、本当にすごい……」

僕の後ろを歩くエララが、感嘆の声を漏らす。彼女のその信頼が、僕の精神力を支える燃料になっていた。

このスキルは、発動し続ける限り、僕の集中力を絶えず削っていく。まるで、決壊寸前のダムの亀裂を、指一本で必死に押さえているような感覚だ。少しでも気を抜けば、猛毒の濁流が僕たちを飲み込むだろう。


僕が全神経を『空気の回廊』の維持に注ぐ中、エララは杖を構え、警戒を怠らない。僕が道を作り、彼女が敵を討つ。僕たちは、互いの命を預け合う、完全な一心同体となっていた。


鉱山の内部は、不気味な静寂に包まれていた。聞こえるのは、僕たちの足音と、遠くで岩から水滴が滴る音だけ。壁には、かつて鉱夫たちが使っていたであろう、錆びついたツルハシやランプが放置されている。彼らは、この瘴気から逃げ出すことすらできずに、ここで命を落としたのだろうか。


その時だった。

「レオさん、気をつけて!」

エララの鋭い声が響く。

直後、僕たちのすぐ横、渦巻く瘴気の壁の中から、ぬるり、と紫色のスライム状の魔物が複数体、飛び出してきた!


「瘴気スライム……!」

瘴気を糧とし、その毒を体内に宿す厄介な魔物だ。瘴気の壁を突き破って現れたことで、僕が作り出した回廊に亀裂が入り、猛毒の空気が流れ込んでくる!


「くっ……!」

僕は即座に意識の一部を割き、回廊の破れた部分を『整える』ことで修復する。だが、その一瞬の隙を突き、瘴気スライムたちが僕たちに飛びかかってきた!


「させません!【ウィンドカッター】!」

エララの詠唱と共に、鋭い風の刃が数枚、スライムたちを切り裂く。しかし、物理的な攻撃はスライムには効果が薄い。切り裂かれた身体はすぐに再生し、再び襲いかかってくる。


「熱で蒸発させるしか……!でも、こんな狭い場所で【ファイアボール】を使ったら……!」

彼女の懸念はもっともだ。下手に爆発系の魔法を使えば、誘爆して坑道そのものが崩落する危険がある。


「エララさん!小さな魔法でいい!あとは僕がやります!」

「はいっ!」


エララは僕の言葉を信じ、杖の先に小さな火の玉――【ファイアボルト】を数発、作り出した。それは、ゴブリンを倒した時のような、ただの火種に過ぎない。

だが、僕にはそれで十分だった。


【整理整頓】――!

僕は回廊の維持と並行して、意識のさらに一部を、エララの魔法に向ける。

目標:【ファイアボルト】の『熱量』。状態:拡散。結果:一点に『凝縮』。


エララが放った数発の小さな火の玉は、その大きさを変えることなく、その色だけを急激に変化させた。赤から、白へ。そして、まるで小さな太陽のような、目を焼くほどの純白の輝きを放つ光弾へと。

熱量が、極限まで『最適化』されたのだ。


光弾は、スライムたちの粘液質の身体に触れた瞬間、ジュッという蒸発音と共に、その存在を分子レベルで消し飛ばしていった。爆発も、衝撃波も起きない。ただ、絶対的な熱量による、静かで完璧な消滅。


残りのスライムたちも、次々と光弾の餌食となり、数秒後には、坑道には元の静寂が戻っていた。


「はぁ……はぁ……」

僕は壁に手をつき、荒い呼吸を繰り返す。

回廊の維持、修復、そして魔法の最適化。三つの事象を同時に『整える』という行為は、僕の精神力を限界近くまで削り取っていた。


「大丈夫ですか、レオさん!」

エララが、心配そうに僕の背中を支えてくれる。

「……ええ、なんとか。でも、あまり長くは保ちそうにありません。急ぎましょう」


僕たちは、鉱山のさらに奥深くへと進んでいく。

道中、何度か瘴気スライムや、瘴気によって凶暴化したコウモリの群れに襲われたが、その度に僕たちの連携で切り抜けていった。

エララが魔法を放ち、僕がそれを最適化する。もう、阿吽の呼吸だった。


しばらく進むと、道が大きく開け、広大な空洞に出た。

そこは、鉱山の中心部なのだろう。壁の至る所から、鉱石が鈍い輝きを放っている。

そして、その空洞の中央に、僕たちは『それ』を見つけた。


「……なんだ、あれは……」

エララが、息を呑む。


空洞の中央に鎮座していたのは、家ほどもある巨大な、紫色の水晶体だった。

それは、まるで心臓のように、不気味な光を放ちながらゆっくりと脈動している。そして、その脈動に合わせて、周囲に濃密な瘴気を撒き散らしていた。

間違いなく、この鉱山に起こっている全ての元凶だ。


だが、僕が注目したのは、その巨大な瘴気の水晶体だけではなかった。

その水晶体の内部。ちょうど心臓部にあたる場所に、瘴気の邪悪な輝きとは対照的な、清浄で、力強い、青い光を放つ何かが見えた。

それは、まるで夜空に輝く星のように、一点の曇りもない、完璧な『秩序』の輝き。


(瘴気の源の中心に、あれほど純粋なエネルギーの塊が……?まるで、不純物の中に混じった、たった一粒の完璧な宝石だ)


僕のスキルが、あの青い光の正体を告げていた。

あれは、ただの鉱石ではない。

伝説に謳われる、『星屑のミスリル』の原石。

僕が【整理整頓】で感知できる、最も完璧で、最も『整った』物質の一つ。


しかし、そのお宝を手に入れるのは、容易ではなさそうだった。

僕たちが空洞に足を踏み入れたのを感知したのか、巨大な瘴気の水晶体が、脈動を早める。すると、水晶体の周囲の岩や瓦礫が、ゴゴゴゴ、と音を立てて集まり始めた。


岩は人型を形作り、その身体の隙間からは、瘴気の水晶体と同じ、不気味な紫色の光が漏れ出している。

全長は五メートルを超えるだろうか。

瘴気を纏った、巨大なゴーレム。

それが、僕たちと『星屑のミスリル』の間に、立ちはだかっていた。

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