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第11話:「呪われた鉱山の浄化」

新しい装備に身を包んだ僕とエララは、翌朝、再び冒険者ギルドの門をくぐった。

昨日までの、どこか頼りなげな新人とは違う。しっかりとした革鎧と、自信に満ちた足取り。僕たちの姿に、周囲の冒険者たちから「おっ」という視線が注がれるのを感じる。それは、侮りや嘲笑ではなく、対等な冒険者として認められた証のようだった。


僕たちは迷わず、Eランクの依頼が貼られた掲示板へと向かう。

そこには、オークの討伐、商人の護衛、隣町までの急使など、Gランクとは一線を画す、本格的な依頼が並んでいた。どれも今の僕たちならこなせるかもしれないが、僕の目を引いたのは、その中でもひときゆわ異彩を放つ一枚の依頼書だった。


【依頼内容:ガレナ鉱山の浄化と調査】

【ランク:E】

【報酬:金貨一枚】

【備考:旧ガレナ鉄鉱山より、原因不明の瘴気が発生。周辺の動植物に被害が出ている。内部に巣食った魔物を駆除し、瘴気の原因を調査・可能であれば浄化せよ】


「金貨一枚……!」

エララが、思わず声を上げる。

銀貨十枚で金貨一枚。僕たちが昨日まで必死に稼いできた額とは、桁が一つ違う。Eランクの依頼の中でも、これは破格の報酬だった。


「ですが、エララさん。これは、かなり危険な依頼ですよ」

僕は依頼書の詳細を読みながら、眉をひそめた。

「瘴気……つまり、毒ガスです。吸い込めば身体が蝕まれる。並の冒険者では、中に長く滞在することすらできない。だからこそ、誰も手を出さずに残っていて、報酬も高いんです」


「毒ガス……。そんなの、どうやって……」

不安そうな顔をするエララに、僕は一つの仮説を告げた。

「僕のスキルが、使えるかもしれません」

「え?」

「瘴気、つまり気体も、つまるところは無数の粒子の集まりです。そしてそれは、鉱山の中から『流れ出て』いる。つまり、そこには『流れ』が存在する。僕の【整理整頓】は、乱れた流れを『整える』ことができる。もしかしたら、空気の流れを操作して、僕たちの周りだけ瘴気がない安全な空間を作り出せるかもしれない、と」


それは、あくまで仮説だ。失敗すれば、僕たちは瘴気に蝕まれて動けなくなるだろう。

ハイリスク・ハイリターン。

だが、この依頼を成功させることができれば、僕たちは冒険者として大きく飛躍できるに違いなかった。


「……レオさんの言うことなら、私、信じます!」

僕の目を見つめ、エララは力強く頷いた。

「やりましょう!私たちの力で、この難関依頼をクリアして、みんなをアッと言わせてやりましょう!」


彼女の信頼が、僕の背中を押してくれた。

僕たちは依頼書を手に、受付カウンターへと向かう。

「おや、あんたたち。もうEランクに挑戦かい?しかも、よりによって一番厄介なガレナ鉱山の依頼とはね」

受付の女性は、少し驚いたように、そして心配そうに僕たちを見た。

「瘴気は本当に危険だよ。無理だと思ったら、すぐに引き返すんだ。命より大事な報酬なんてないんだからね」

「はい。肝に銘じておきます」


僕たちは彼女の忠告に感謝し、ギルドを後にした。

そのまま市場へ向かい、念のための解毒ポーションと、数日分の食料を買い込む。それら全てを、エララの持つ『無限収納のポーチ』にしまい、僕たちはガレナ鉱山へと出発した。


ガレナ鉱山は、ハルモニアの街から半日ほど歩いた、岩だらけの山岳地帯にあった。

近づくにつれて、空気がよどんでいくのが肌で感じられる。緑豊かだった森の木々は次第にその色を失い、鉱山の周辺は、まるで命が死に絶えたかのように、枯れた木々とひび割れた大地が広がっていた。


そして、僕たちの目の前に、ぽっかりと口を開けた鉱山の入り口が現れる。

その黒い闇の奥から、紫色がかった、見るからに不吉な瘴気が、ゆらゆらと漏れ出ていた。鼻を刺す、腐った卵のような異臭。数分いただけでも、頭がずきりと痛み、めまいがする。


「うっ……これは、ひどいですね……」

エララが口元を布で覆い、顔をしかめる。

「ええ。普通の装備では、五分と中にいられないでしょう」


ここが、僕たちの試練の場所。

僕の仮説が、机上の空論か、それとも奇跡への扉か。その答えは、この先にしかない。


「エララさん、僕の後ろにいてください。何があっても、僕が作る『道』から外れないで」

「……はい!」

緊張した面持ちで、エララが頷く。


僕は鉱山の入り口に立ち、大きく深呼吸をした。そして、全ての意識を、目の前の見えない「空気の流れ」に集中させる。

スキル、【整理整頓】。


頭の中に、周囲の大気の情報が流れ込んでくる。

酸素、窒素、そして、瘴気を構成する未知の毒素粒子。それらが、鉱山の奥からの気圧に押され、無秩序に混じり合いながら、外へと流れ出している。

まさに「乱雑」な状態。


(――これを、『整える』)


僕は、明確なイメージを描いた。

僕たちの進む道の、幅一メートル、高さ二メートルの空間。その範囲内にある、全ての毒素粒子を、完璧に『分離』し、左右の壁際へと『再配置』する。

そして、僕たちの周りには、清浄な空気だけで構成された、目には見えない『安全な通路』を作り出す。


それは、これまでで最も繊細で、最も大規模なスキルの行使だった。

額に、じわりと汗が滲む。精神力が、ごっそりと削られていくのがわかった。


すると。

僕たちの周りで、不思議な現象が起きた。

瘴気の紫色の靄が、まるでモーゼの海割りのように、僕たちの左右で綺麗に分かれ始めたのだ。僕とエララの周囲だけ、瘴気が存在しない、澄んだ空気の回廊が出現していた。


「……すごい」

エララが、息を呑む。

異臭が消え、頭の痛みも和らいでいる。僕の仮説は、正しかったのだ。


「行けます。行きましょう、エララさん」

「はいっ!」


僕たちは、僕が作り出した『空気の道』の中を、ゆっくりと鉱山の奥へと進み始めた。

左右の壁際には、圧縮されて渦を巻く、濃密な紫色の瘴気。一歩踏み外せば、即座にその毒牙にかかるだろう。

緊張感に満ちた、危険な道のり。


だが、僕の心は、不思議な高揚感に包まれていた。

Sランクパーティですら手をこまねくであろう、この絶望的な環境。

それを、僕の「役立たず」とされたスキル一つで、こうして克服している。


この鉱山の奥には、一体何が待っているのか。

どんな魔物が、そして、どんなお宝が眠っているのか。


僕たちの本当の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

僕とエララは、互いの存在を確かめるように一度頷き合うと、鉱山のさらに深い闇へと、その足を踏み入れていった。

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