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田中蓮の健康相談所  作者: ヒトラボ
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兆し

ベッドを押し付けた、少し黄ばんだ壁。

南向きの掃き出し窓でカーテンが揺れている。

11:30からさとみと久しぶりのランチなのに、ベッドから起き上がれずにスマホを見ていた。

昔、勉強系のYouTubeを見すぎたせいで、いまだに中田〇彦が流れてくる。

ゴロリとカラダの向きを変えると目の端にMARY QUANTのコンパクトミラーを捉えたが、心は動かなかった。

何故なのかは解っている。

技師長から言われた「上を目指すなら」。

決して天国でないことは解っている。

でも自分には「やりたいこと」「目標」が見当たらない。

「うぅーん。」

と唸り声をあげながら再びカラダの向きを変えた瞬間、ボロアパートのチャイムが鳴る。

「おはよー。」

ガチャガチャとカギを開け、さとみが優しい声で目覚めを促す。

目が合った瞬間、私は目じりが切れるかと思うくらい目を見開いた。

「やべー!今何時?!」

「蓮。スマホ握ってるじゃん。失明したの?」

皮肉は笑って流したが、スマホに表示されている時間を認識した瞬間にその笑みは消滅した。

スマホを見ていたのかすら短期記憶から抜け落ちるくらい、間の抜けた時間を過ごしていた。

「ここ半年位こういうこと多いよね。せっかく月1位しか休みが合わないからランチ行こうっていったのに。」

私は12時を表示したセイコーの目覚まし時計をなでなでしながら

「申し訳ない。意識は8時位からあったと思う。」

と弁解した。

3回目の「こういうこと」が起きた時、さとみは強制的にアパートの鍵を複製するといって、徒歩10分の大型家具量販店の鍵屋へ直行した。

「私がいないと死んじゃうでしょ?」

の一言にありえないと思って苦笑いした思い出があるが、今はありがたい。

「さて、おしゃれなcafeはあきらめてコレステロールを上げに行きましょう!」

ベッドから起き上がり上半身すっぽんぽんでユニクロのエアリズムブラタンクトップを探す私に、少しテンションを上げて優しくさとみが諭す。

「最近できた新しいラーメン屋だっけ?チャーシューの脂身が口の中でドロッドロに広がるヤツ食べに?」

「なんでラーメン屋って解るかな?コレステロールなら揚げ物とか焼肉とか選択肢はあるでしょうに。昔から蓮はそういう勘があるよね?よく見てるっていうか。」

私は2日前に夜勤入りのさとみとすれ違いで会話をした際に、ラーメン屋がスマホに表示されており、表情は普段より心なしかにこやかだったのを覚えていた。

ほんの少しの表情の変化やカラダの動きの変化。

私はこれほど気になるものはなかったし、親友ならしっかりと記憶に残る。

もちろんそのラーメン屋のレビューはラーメンデータベースでチェックした。

この能力はとても役に立っている。

高校の成績を考えれば、自分に素晴らしい記憶能力はないことは容易に想像がつく。しかし、大学での臨床実習では、

「よく見てたね!そういうの、すごい大事!」とか、

「さっきのフォロー、患者さんにはめちゃくちゃありがたいと思うよ!」とか、

スーパーバイザーからしこたま褒められた。

レポートの内容が陳腐でも、そこを評価されて実習を通してもらったような気がしてならない。

やっとユニクロのキュロットとTシャツを着こんだ私に、優しい声が響く。

「よし、じゃあいこうか。脂を食べに。」

「そだね!女性ホルモンの基を食べに!」

元気よく返事をしてアパートの鍵を閉めると、優しい光が降り注ぐ。




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