第1章:アメリーと、夏祭りの予感する空
カラカラに乾いた夏の太陽が、古びた町を容赦なく照りつけていた。ここ「そよ風町」は、どこまでも続く田んぼの緑と、遠くに見えるなだらかな山々が自慢だ。古い瓦屋根の家々が寄り添い、道の脇には紫陽花がまだ名残惜しそうに咲いている。そんな町のはずれ、小高い丘の上に立つ、今は使われていない小さな気象観測所。錆びた風見鶏がギイギイと音を立てるその建物の屋根に、ひっそりと、しかし確かな存在感を放ちながら、アメリーは浮かんでいた。
アメリーは、持ち手のないアンティークな傘の姿をした気象予報ロボットだ。絹のような光沢を持つくすんだターコイズブルーの布地には、銀色の糸で繊細な刺繍が施されている。傘の先端には、感情に合わせて淡く色を変える羅針盤が埋め込まれ、今は穏やかな青色に輝いていた。彼女は常に宙にふわふわと漂い、その真鍮製の骨組みが時折、陽光を反射してきらめく。おっとりとした性格で、話し方はやたらと丁寧語だ。
「本日も、快晴でございますねぇ。湿度も低く、洗濯物がよく乾くでしょう。ええと、ですね、それから、ですね…」アメリーは、そう独り言ちると、くるりと一回転した。彼女の口から紡ぎ出される天気予報は、驚くほど高確率で外れる。それはもう、呪われているんじゃないかと町の人々が囁くほどに。しかし、なぜかその“ズレ”が、いつも良い結果をもたらすのだから、世の中は面白い。
今、町で一番空を見上げているのは、小学五年生の佐々木ハルカだろう。彼女は、町の中心にある広場で、汗を拭いながら巨大な提灯の骨組みを眺めていた。鳶色の瞳は真剣そのもので、癖っ毛の茶色いおかっぱ頭が、作業のたびにピョンと跳ねる。
ハルカは、その小さな体とは裏腹に、好奇心と行動力に満ち溢れている。幼い頃から、毎年夏になると広場がキラキラと活気づく「きらめきフェスティバル」が大好きだった。特に、夜空に咲く大輪の花火と、屋台から漂う甘い綿あめの匂いが、彼女の心をとらえて離さなかった。
今年は、念願のフェスティバル実行委員に選ばれたのだ。初めての大役に、ハルカの胸は期待でパンパンに膨らんでいた。しかし、同時に大きな不安も抱えていた。何と言っても、夏祭りは天気が命。雨が降れば、せっかくの準備が台無しになってしまう。
「あーあ、アメリーちゃんの予報、当たらないかなあ…」ハルカは、そっとつぶやいた。町の人々は、アメリーの予報を「へっぽこ予報」と揶揄しつつも、どこかで彼女の存在を信じていた。だって、その「へっぽこ」が、いつも思わぬサプライズを運んでくるからだ。
町の夏祭りは二週間後。アメリーは、そんなハルカの祈りを知ってか知らずか、屋根の上で淡い虹色のシャボン玉をふわりと一つ、飛ばした。それは、まだ誰も知らない、祭りの「奇跡」の予兆だったのかもしれない。