〜新しい島へ 後編〜
船上にいた3人は言葉を失った。
目の前にいたのは、幽霊船ではなかった。船を隠れ蓑にしていた巨大なタコの怪物だった。
沈黙を打ち破ったのはピクシーだった
「な、なな、なに?アレ…?」
「タコかな?でもなんで船の中に篭ってるんだろ?」
「身を守る為に貝殻を身に纏うタコもいるからな。その仲間だろう」
「いや、もっと他に気にするところあるでしょうが!」
ヴェラと船長のあまりにも和やかな会話に思わずツッコむ。
その瞬間タコは膨らんだかと思うと口から水を噴射した。墨ではなく、海水を。
その瞬間、嵐が激しくなった。
「まさか、あのタコの吐く水が嵐を作っていたの!?」
信じられないと言わんばかりのピクシーの言葉を否定するように暗雲は水を飲んで大きくなり、勢いを増していく
「なんで水を吹いたら嵐になるの!?それにタコならなんでこの骸骨を呼べるのさ!?」
「大方、魔法は魔法使いをたらふく食べて、魔力を溜め込んでたのだろう。とはいえ、ただの動物に死者傀儡なんて高等魔術をこの嵐と同時に使えるとは思えんが」
そう、大量の死者を蘇生して使役するなんて普通の人間ですら不可能だ。
何かネタがあるはずだ。乗り込んで探れたら良いが、この状況で船が持つとは思えない
船が大きく揺れた。
船長が「うおっ!?」と変な声をあげて転びそうになった。
タコが急に身を引き、その反動で船が上に傾いたのだ。
そして海に隠れていた2本の触手が露わになる。
「まさかこのタコ、泳いでたんじゃなくて、私達の船に捕まってたの!?」
あの怪物からすればまさに間一髪、運がよかった。
大量の「道具」を船に送り込んでから頃合いだと思ったタコは獲物が隠れている「巣」に手を伸ばし、その巣を壊して中の餌を食べ尽くす。これがこの巨大タコのやり方だった。
しかし今回はその端を2本の触手で掴んだその瞬間、巣が見たこともないスピードで泳ぎ出したのだ。その勢いに腕は引きちぎれそうになったが、怪物は全身の筋肉に力を入れしがみついた。そして今、嵐から抜け出そうとした船にウェイクサーフィンのように2つの腕で繋がっているのだ。
そしてこの状況でもその獲物を仕留めようとした大ダコは攻撃を仕掛けた。
ビュンっという音共に大きな触手が船の床を叩いた
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ピクシーの叫び声が嵐の中に轟く。これで何回目だろうか?
しかし、そんな疑問を考える間もなく、タコは叩きつけた触手を船に巻きつけてきた。
「コイツ、まさか…!」
船長が喋った瞬間、舵輪の仕掛けられた伝声管から声がした。
「ねぇ、さっきから状況が掴めないんだけど、何があったの!?」
「カリーナか、実はな…」
軽く状況の説明を受けたカリーナは素っ頓狂な声をあげた
「つまり、あの嵐と骸骨を乗せた幽霊船の正体は大きなタコで私達はソイツに食べられそうになるの!?」
確かに赤の他人が頭に船を被ったタコが大量の骸骨を操ってると聞けば、恐怖のあまり見た幻覚だと思うだろう。しかし、これは紛れもない現実だった。
「あぁ、そして今このまま船に巻き付いて自慢の腕で仕留める気だな!」
触手に力が籠り、船の軌道に揺られていたタコの体が安定しだす。
ピクシーはまた叫んだ。
「わぁぁ、だんだん、タコがきてる…!」
筋肉を収縮させた怪物との船距離が近くなる。
そんな怪物と目が合ったヴェラは、その瞳を睨み返し、
「よくわかんないけど、とにかくこの脚をなんとかすれば良いんだよね!」
そう言って手にしていたハンマーで殴りかかった。
しかし…、
ボヨンという音を立ててハンマーは弾き返されその反動でヴェラはひっくり返った。
「うへぇ、ビクともしないよ。」
「そりゃハンマーじゃダメだって!刃物を使わないと弾かれるに…」
ピクシーが喚いてると大きな呻き声があがった。
その声の主は大ダコだった。
「何だ?様子が…」
そう言うよりも先に、タコが口から何かを吐き出した。
それはたくさんの小さな白い塊だった。そしてその塊はゆっくりと立ち上がってこちらを睨み出した。
「あ、アレってまさか…」
ピクシーの震えた声で叫ぶ。
そう、あの時の骸骨達だ。
この無限に湧く骸骨達はこの怪物の胃袋から出ていたのだった。
かつてこの海域に足を踏み入れた海賊達は嵐と無数の骸骨に襲われて大ダコに食べられた。そして新しい餌を捕まえる為にかつての先人と共に「再利用」されていたのだった。
そんな骸骨達は餌を見つけるとそこらへんに落ちていた武器を手にした。そして虫のように足にしがみつき、船へと乗り込んできた。
「やばい、アイツらこっちによじ登ってくるよ!」
転んで丸腰になっていたヴェラに船に足をつけた骸骨が舵取りに手一杯の船長目掛けて、駆け寄り、剣を振り下ろした。
「ヴェラ!」
ピクシーがそこら辺に落ちていた木材で殴りかかろうとしたが間に合わない。
剣が振り下ろされたその時
その時
ガキン!と言う音が鳴った。
間一髪、船長が駆けつけ、攻撃を剣で受け止めたのだった。そのまま船長は骸骨の腹を蹴り飛ばす
吹っ飛ばされた骸骨と乗り込んだ骸骨がぶつかりまとめてバラバラになった。
「なるほど。コイツらの出所は奴自身だったか。ならば、やる事は変わらんな」
船長は言った。
「コイツを引き剥がし、この嵐から脱出する!」
「カリーナ!ジェットエンジンを最大出力にしろ!」
急いで舵輪の元へ戻り、伝声管にカリーナに伝える。
「どうして?外のことはよくわからないけど、アイツが捕まってるならこれの勢いじゃ…」
「心配はいらん!私を信じろ」
「…っ!」
カリーナは言葉を飲み、一言言った。
「…わかった、行くよ!」
そう言うや否や、船のスピードが一気に上がった。その慣性で船に乗り込もうとした骸骨達は一気に吹っ飛ばされた。
「気をつけて今の見立てじゃ3分も持たないよ」
「時間があるなら大丈夫だ!」
船長は太々しく笑みを浮かべて迷わずそう言った。
「ちょっと一体何をしてるの!?」
「なーに、お前達は飛ばされないようしがみついていろ!カリーナもだ!」
急なスピードアップに立つことすらままならない2人は言われる前に既に梯子や柱にしがみついていた腕に力を込めた。
船長は何かを見つめるように前だけ見ている。
巨大タコはスピードを上げた獲物が逃げないようもう一本触手を船に巻きつけようとした。
「わぁっ、捕まっちゃう!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
2人の叫びにも怪物の襲撃にも目もくれず前だけを見ていた。すると目の前に巨大な岩礁が現れた瞬間
「お前ら、手を離すな!」
そう叫ぶと同時に船がものすごい勢いで左に傾いた。
強烈な重力が全員にかかり、柱にしがみついていたヴェラは見えない何かに押しつぶされそうになった。
そして突然の船の急カーブに巨大ダコは対応できず、その遠心力に宙へと放り、岩礁へとぶつかった。
ドォォォォォォォォン!
まるで雷のような衝突音と共に岩礁は砕け、石の雨が降る。
「ハーッハッハッ!うまく行った!」
「やったー!船長すごーい!」
「いや、すごいけど、もっと危ない事になってるって!」
船に落ちてくる石から身を守るように物陰に隠れてると、ものすごい音ともに目の前に斧が落ちてきた。
「へぇあっ!?」
間一髪目の前に落ちた斧にピクシーは腰が抜けた。
船にこんな装備はなかった。
おそらく、あの幽霊船の中に眠っていたのだろう。
「わぁ、すごい!あの船にこんなすごいのがあったんだねぇ〜。」
感心しているヴェラをみて閃いたようにピクシーが叫んだ。
「ヴェラ!それだ!それを使うんだ!それであいつの脚をぶった斬って!」
「あ、そうか!さすがピクシー、ナイスアイデア!」
そう言うと床に刺さった斧を引っこ抜いて、やぁぁぁぁ!と言う掛け声と共に、タコの足にめがけて斧を振るった。
ズバッ!と言う音と共にタコの足が真っ二つになる。
「やったぁ〜!」
突然の攻撃にタコは咆哮をあげた。
そしてなりふり構わず直接水を吹きかけてくる
「もはや奥の手というより悪足掻きだな」
船長はそう呟くと舵輪に取り付けられた伝声管からカリーナのため息まじりの声が聞こえた。
「ホント、随分乱暴やってくれたね」
「なーに、大成功さ、あと一息だ!」
皮肉混じりの言葉も意に介さず高らかに言う船長の言葉も軽く受け流しながらカリーナは忠告した。
「エンジンは後1分も持たない。せいぜい30秒いけば持った方だよ」
「そうか、ならばそれまでに決着をつける!」
船長はそう言って舵輪を手にした。
しかし、今回の言葉はハッタリに過ぎなかった。
(とは言ったものの、どうすれば…)
ここからの作戦を考えていると、後ろの方でヴェラの声が聞こえた。
「これでいい?」
「うん、大丈夫」
ピクシーと何やら話していた。後ろの方で2人が何かしている。
「ここまでやられてるならもうこれで十分だ!」
2人は船上に備えてあった1番大きな大砲をわざわざ船尾楼まで運んでいたのだった。
そして砲丸を大砲に入れ、嵐の中、手にしていたローブの中に隠し持っていたマッチ棒を手に取り、火をつける。
必死に擦るがこの嵐で濡れていたものばかりで何回か擦っては折れてを繰り返した。
「点いて!一生のお願い!」
「それ、船に乗る前にも言ってなかった?」
「今言わなくてよくない!?」
ヴェラの言葉に突っ込んだ時、そのお願いが叶った。
「やった!」
火が消えないように雨から庇いながら大砲のタッチホール(火を入れる穴)に入れた
「これで終わりだぁぁぁぁぁぁ!」
ピクシーの叫びと共に砲丸が発射され、大ダコの眉間に命中した
その瞬間、耳をつんざくほどの爆発と叫び声が起こった。
グオオオオオオオオオという大声と共に、タコの口から何かが飛び出して、船の上に落ちた。
そして唸り声が小さくなるのと共に力尽きて船から手を離し、巨大な幽霊船は荒れ狂う波に呑まれ、2度と顔を出さなくなった。
「ハッハー!やってくれたな、お前達!」
船長は笑いながら叫んだ!
そして身軽になった船は最後の力を振り絞り、嵐から抜け出した。
「やった、抜け出したぞ!」
「やったぁ〜!」
「いや、喜んでいる場合じゃないよ!まだコイツらが…」
船上が歓喜に渦巻く中向かってくる骸骨軍団の残党にピクシーが指を刺しながら叫んだが、快晴にさらされた瞬間、骸骨は空気が抜けた風船のように力無くバラバラと崩れ落ちた。
「アレ?動かなくなった?」
「やはり、あの嵐の中でしか生きていけないようだな。既に死んでいるが」
脅威がなくなったことを確認して、船長が舵から手を離しやってきた。
「これでコイツらも救われるだろ。死して尚、暗い場所でその怪物に利用されていた訳だし」
そう海を眺めて物思いに耽るように喋ってるとヴェラが大きな声をあげてきた。
「ねぇ見て、なんか見た事ない物が落ちてたよ。壊れちゃってるけど」
ヴェラが持って来たのは木製の杖と割れた水晶玉だった。恐らく杖にハマっていたのだが、この船に着地した拍子に壊れたのだろう。
「あー、もしかしてそれがあの骸骨達を操ってた魔法の正体だね」
ピクシーがヴェラの持ってきた、杖を見て話しだした。
「長い間、餌にした人間や弱い魔物を食べて蓄えていた魔力に結びついて、この骸骨が動き出したんだろうね。アイツら、あの大ダコの口の中か海からやって来てたから、水を浴び続けるか、日に当たらない事が条件かな。それに…」
説明を続けながらピクシーはバラバラになった骸骨の背骨を幾つか拾い、形を見比べていた。
「コイツら、よく見ると所々の骨が別の人間のものになってる。骨さえあれば自動で人型になるようになってたのかな?それならただの怪物にもにもあんなたくさんの骸骨を使役できたはずだよ」
「ようやく調子を取り戻したようだな、ピクシー。随分と口と頭が回るようになって来たな」
「うるさいなぁ!」
船長に煽られたピクシーが怒りの声を上げるてると、また船尾楼の方から
「あんた達、随分と楽しそうだね。」
と声が聞こえた。
いつの間にか秘密のエンジンルームから戻ってきたカリーナがため息をつきながら話しかけて来た。
「カリーナ!おかえり!さっきの凄かったよ!やっぱりカリーナはすごいね!」
大きな犬のように戯れついてきたヴェラにありがとと軽くお礼を言ってから船長に話しかける。
「ごめん、まさかあんな怪物にしがみつかれるとは思わなくて、もう少し威力を上げた方が良さそうだね。それか迎撃用の大砲を用意するか…」
「いや、あれ以上早くされたら操縦できないから、やめた方がいいよ」
というピクシーのツッコミも聞き流しながら、船長は笑い声を上げた。
「ハーッハッハッハ!結果オーライだ!みんなが生きているだけで十分だ!みんなよくやった!」
船長は高らかに笑いながらみんなを褒め称えた。
その言葉にそれぞれ笑みを迎える。
「それはそうと、次の島はあとどれくらいで着くの」
「さっき大きな岩礁を抜けたから、もうすぐ見えるはずだよ、ほら…」
ピクシーが指を刺した方角に大きな島が見えた。あれこそが目的地の島だろう。
「そうか!ならここからが本番だ!行くぞみんな!」
「オーーーーーッ!!!」
「いや、もう疲れた!無理!今日はもうゆっくりしよ!」
「…ピクシーに同じ」
「なぁに、すぐには魔境へいかん!まずは街の探索だ!飲み明かすのも冒険だぞ!準備はいいか!」
「もっちろん!」
「…アイアイ、キャプテン・リビア」
「も〜、わかったよ〜。」
それぞれ賛成の声をあげた。
船長リビアの笑い声を乗せながら真紅の船は島へと進む。
お目当ての秘宝が眠る島へ
魔法について
この世界の魔法は「魔力」と呼ばれるエネルギーを媒体や使用者自身の体に刷り込まれてる術式を使って魔法へと変換します。
魔力は基本的に魔法が使える生き物だけが生成出来るのですが、その生き物を食べて魔力を蓄えることができる生き物もいます。(体質はあるけど基本的に蓄えられない場合、魔力は吸収されず体外に排出されるので基本的に害はありません。そして体外に出たものは速やかに分解されます。)
今回の大タコも後者です。