新しい島へ 〜前編〜
彼女は小さな島で生まれた。漁業の家に生まれ、街の人に捕まえた魚を売って、その金で生活を送っていた。
島は17になる彼女の足で一周するだけなら半月はかかる。しかし全てを見ようとするなら何年掛かるだろうか?
しらみつぶしに地上を歩くだけじゃ済まない、地の底、空の上、水の中、たくさん巡らなければならないだろう。せいぜい、全てを見るには私が生きた時間の半分は掛かるだろうか?
そう『故郷だけ』なら
この島を囲む海の先にも私たちと同じように浮かび、似ても似つかぬ姿形、営みをもつ島が存在するという。
彼女はそんな世界に憧れ、飛び出た。世界の全てを、そして島で聞かされた「伝説」を目にしたくて。
そして彼女は今感じている。故郷にいては見れなかったであろう景色を、潮風の香りを、海がぶつかる波音を、そして
突如として訪れる死の『恐怖』を
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
嵐の中、海に浮かぶ2つのガレオン船があった。ひとつは作られて間もない、綺麗な船。木製の船体は茶色で塗られ、マストには白い帆が垂れ、風になびいており、どこか荘厳さ
を感じる。もうひとつはそこに穴が空き、帆はボロボロになっている、浮かんでいるのが奇跡とも言えるような船。
言い換えれば幽霊船だ。比喩ではなく、本物の。
幽霊船の船員はボロボロの服を纏った骸骨で、雄叫びともに剣を掲げ船を沈めんとばかりに襲いかかってきた。
しかし、最も大きい叫びをあげたのは骸骨ではなく、生きた人間の方だった。
「嫌だぁぁぁぁ、死にたくない!!!!死にたくない!!だから私は反対したんだ!海賊になりたくなかったんだ!大人しく島にいれば良かった!古聖堂の本を読んで静かに生きてれば良かった!」
襲撃から身を守る為に体を丸めながら、丸渕のメガネと厚手のローブをかけている女の子が泣き出した。
そんな彼女の叫び声を聞いて幽霊船の骸骨船員が襲いかかってくる。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ、もうだめだぁぁぁぁぁぁ!!!」
泣きつく彼女に剣が振り下ろされそうになったその瞬間
ドォン
銃声と共に頭蓋骨が吹き飛んだ。頭を失った体は糸が切れた操り人形のようにバラバラと倒れていった。
「ハーッハッハッハ!貴様ら見る目があるな!出来立ての私の船に乗り込むとは!」
倒れた骸骨の後ろに銃を構え、高らかに笑う女性がいた。長髪を風に靡かせて、赤いコートを羽織ったその姿は暗い嵐の中でも威厳を感じる。
「ピクシー、無事で何よりだが、海に出た以上、もしもの未来を考えるのは禁止だ!もう叶わないことだからな!」
「どこか無事だ!死ぬところだったよ!こっちは!」
船長の言葉にピクシーと呼ばれた女性はツッコむ。
「ハッハッハー!悪いね、舵輪の周りにいた奴を一掃していたからねぇ!」
そう言いながらピクシーを守るように襲いかかってくる骸骨剣士を返り討ちにする。
襲いかかって来た剣士の攻撃をひらりと躱しては剣で叩き斬っていく。
距離のある敵には銃で頭を撃ち抜く。
骸骨剣士達は恐ろしい見た目の割には歯応えがない。体のどこかを壊されればあっさり崩れて動かなくなる。その癖、目の前の獲物に襲う事しかせず連携も取らない。
量頼みの使い捨ての雑兵も良いところだ。
だが、この船を沈めるには十分だった。いくら斬っても数は減らず、むしろ乗り込んでくる数の方が多かった。
「くっ…、とはいえ、中々多いな。これだけ倒して底が見えんとは…」
どんどん船に船上の床の大半を骸骨が占めていた。
このまま埋め尽くされると思ったその時
ズゴォ!と言う音と共に何十という骸骨が吹き飛ばされた。
「船長、お待たせ!」
骸骨を吹き飛ばした音の中心に大柄な女性がいた。彼女の背丈ほどの長さの柄と肩幅程の槌のあるハンマーを手にしている。大柄な体は露出が多く、その体は筋肉が隆々と盛り上がっていた。
「ごめんね、遅くなって!えーっと、お昼寝してたら窓にたくさん骸骨が張り付いてて、慌てて船の上に行こうと思ったらハンマーが中々見つからなかったから遅れちゃった!」
その巨体に反してどこか幼いような喋り方をしながら、経緯を説明する。
それを聞いてピクシーが怒鳴った。
「こんなヤバい状況で今まで寝てたの!どんだけ疲れてたのさ!」
「無理もないさ、目的地に着く前に2度も賊の迎撃にあって、今度は幽霊船だ。船も私も正直厳しいぞ」
ピクシーの言葉に応えるように船の後部から声がした。3人目の船員だ。
ゴーグルをかけており、服は長袖のシャツとズボンというシンプルな格好に腰に上着を巻きつけている、船に乗り上がった敵をバリスタで撃ち落としながら冷静に状況を分析する。
「最初の2つは人間だし、数も10人程度だったからなんとかいけたけど、今回は船の大きさも敵の数も違う。おまけに怪物ならまだしも骸骨や亡霊。まだ行動原理や魔法の効果もよくわかってない」
「ふむ、とりあえず、奴らの解析はここまであれば十分だな」
「ここまでで?大丈夫なのかい?」
「あ、船長!もしかして、いい考えでも浮かんだの!?」
「あぁ!」
船長が笑みを浮かべながら応える。
「晴れていた空がいきなり嵐になり、船が現れた。理屈はわかったわけではないが、この嵐は奴らの縄張りということだろう。つまり、奴らとあの船はここから出られない!ならこのまま外に出て奴らを振り切る!」
そう、嵐の雲はいきなり現れた。まるでカートゥーン映画のように、小さな黒い雲が大空に現れたと思うとその雲は渦を巻きながら大きくなっていき、あっという間に小さな島ほどの大きさになり、豪雨と風を起こした。
さらに奇妙なのはこれだけの風が吹きながら雲は全く動いておらず、同じ所で雨を降らし続けているのだ。まるで雨と風で作った檻のようで、雲の外に見える、太陽の光を受けて煌めく海がかえって気味が悪かった。
その嵐の中、幽霊船は正面から現れた。こちらの船に向かってやって来たが、いち早く危機を察知して早めに舵を取ったので船の右側を擦るように当たったものの、大した損傷を受けなかったが、それを合図に幽霊船の船員達が雄叫びと共に乗り込んできたのだ。
その一連の出来事から、船長はこの嵐を結界のようなもので、足を踏み入れたものを嵐と大量の骸骨剣士で襲い沈めるのだと気づいた。
なるほど!と声を上げるヴェラを尻目にピクシーは食い下がらない。
「どうやって抜けるのさ!さっきからこの暴風雨、右からも左からも降ってきてるし風向きもすぐ変わる!風に乗って切り抜けるのは無理だよ!」
確かにこの嵐の風は不規則にかわり、しかも全方位から雨が襲いかかる。このままでは船はこの嵐に閉じ込められ、無数の骸骨船員に襲われて沈められるだろう。
「あくまで変わるのは風向きのみで、磁場は無事だろう?」
「え、それはそうだけど…」
「ならピクシーはそのまま目的地までの方角を教えてくれ!このまま目的地へ一気に向かう!カリーナ、アレを使うぞ!」
「!! アレだね。わかった!」
クールに佇む彼女の声色が熱を帯びていた。カリーナは返事をすると大急ぎで船尾楼の扉の中へと駆け込んだ。
「今から舵を取る!ヴェラは援護を頼む!」
「りょーかい!」
そう言うや船長とピクシーを連れて舵輪のある船首楼へ向かう。
舵輪のある場所にはさっき追い払ってから骸骨剣士は現れてかった。
2人が駆け上がった階段のふもとに立ち塞がったヴェラは向かってきた骸骨達にハンマーで立ち向かう
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ハンマーを振り回すごとに、襲いかかって来た骸骨達が吹っ飛ばされる。近接戦なら眠って体力も全開の彼女に相手はしばらくは敵は指一本すら触れられないだろう。
船長は舵を握りしめてピクシーに質問をした。
「ピクシー、目的地の方角はいつ出せる?」
「待ってよ!準備もまだできてないんだから!」
暴風雨の中ピクシーは地図を開き、一瞬躊躇ったが風に飛ばされるよりはマシだと思い、船頭を上に向けて雨でびしょびしょになった地面に地図を置き、四隅の3つを左手と両足で固定し、残った右手で羅針盤を用意した。
そして、地図を見ながら自分のいる座標を推測する
「最後に見たのが確かこの島で、この方角から見た。そして東に進んで2度目の海賊に襲われた後、クジラに似た岩礁と小さな島を見た。そこから風に乗って東へ2時間…嵐の前には特に見えたものもないとすると…」
ピクシーは嵐の前の記憶をブツブツと口に出し、自分の進路を導きだした。
「よし、ここだ、間違いない!そして私の向かう場所はこの島だから…」
「まだか!ピクシー!」
「もう少し待って、今、自分達の場所がわかったから!」
骸骨の勢いは未だ衰える事なくゾロゾロとやってくる。
ヴェラがハンマーを絶え間なく振り回し一度に10体ほど吹き飛ばし、その隙を付き近づいた骸骨は船長が身につけていた銃で頭を撃ち抜いた。
「ここにいるなら目的は北東、今向いてるのは南東!左だ!左に舵を向けて!!!」
「了解!お前ら、しっかり捕まってろ!」
船長は思いっきり左に舵を回す。
いきなり船は揺れ、骸骨達は思いっきりよろけて船の外へ滑り落ちた。
「うわぁ、すごい船長!一気に減ったよ!」
「やはり頭は良くないようだな」
ヴェラの言葉に軽口を叩きながら船の方角を合わせる。
しかし、運良く海に投げ出されなかった骸骨達が這い上がりまたこちらに向かって来た。
「うわー、しつこい!いい加減にしてよ!」
ヴェラは叫びながらハンマーを振り回す。しかし、いっときは減った骸骨もまた数が戻って来た。
そんな骸骨達を見ながら船長はふと思った。
(コイツら、最初はそうだったが今は船から乗り込んでるようには見えないな…、一体どこから現れてる…?)
確かに船のある方角から骸骨船員はやって来ているが、船に乗っている気配はない。いつも下から現れて、まるで海から這い上がってきているようだった
そう疑問に思いながら船長は方角を合わせる。
「まだ左、まだ左…、あ、待って、行き過ぎた!右だ」
船長は言葉を受けて舵を反対に回す。
急に右に回した事でまたバランスを崩した骸骨は落ちていった。
咄嗟に近くのへりに捕まり、ヴェラは骸骨の後を追わずに済んだ。
「右にもう少しだけ回して…、止めて!よし、合った!」
目的地と船の先が揃い、ピクシーが叫ぶとすぐさま、船長は舵輪の真ん中の蓋を開けて叫んだ。
「準備はできた!カリーナ、作動しろ!」
その声舵輪に付けられた伝声管を通じて船の底の部屋にいた彼女の耳に届いた
「アイアイ、キャプテン!」
待ってましたと言わんばかりにカリーナは叫び、震える腕で手にしていたレバーを力強く引っ張った。
その時
ブシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
彼女の側で駆動音を鳴らしていた金属の塊が大きな音を鳴らし動き出した。
彼女が用意していたものの正体はジェットエンジンだった。
かと言って大量の燃料を燃やして炎を噴き出すようなすごいものじゃない。溜めた海水を圧縮して、その水圧で超加速を出すものだった
「まさかこんなに早く使う時が来るとはな、もう少し細部の点検と演算をしてから使いたかったがどうかうまくいってくれ!」
海の中から耳をつんざく轟音が聞こえた。
しかし、これは骸骨の叫び声でも海に潜む怪獣の声でもない。この船のものだった。
「動き出したな!さぁみんな、しがみついていないと飛ばされてしまうぞ!」
そう言いきるよりも先に船はいきなりものすごい爆発音と共に海を駆け出した。むしろ何かによって発射されたと言った方がいいだろう。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
いきなりの超スピードにヴェラとピクシーが叫び声を上げる。
「うわぁぁ、コレすごいね!風が気持ちいいよ!」
「ハッハッハー!良いぞ!これならいける!方角がズレたら教えてくれ、ピクシー!」
「今のところはッ、大丈夫だけどッ、これじゃすぐにはッ、わからないって!」
度々顔にかかるかかる波飛沫に言葉を遮られながら、各々声を上げる。
この猛スピードにより船の上にいた骸骨は大半が船から放り出され、残りは壁や柱にぶつかった拍子にバラバラになった。
「骸骨はほとんど消えた、後は外に出れば…」
そう言いかけた時、舵輪から声がした。
「待って、キャプテン、何かがおかしい。」
カリーナが船長に連絡している。
「どうした?何かトラブルでも起きたか?まさか、非常用エンジンに不具合でも…」
「いや、エンジンの方は問題ない。だからこそ『おかしい』んだ。エンジンの出力に対して、船のスピードが計算の半分しか出ていない。」
「つまり…何か不足の事態か?」
「おそらく外部に…」
2人が話をしているとヴェラが突然話しかけて来た
「船長〜、あれ見て!あの船、私達に追いついてるよ!あっちも私達のすっごいの、持ってるのかな?」
ヴェラの指の先に引き離したはずの船がいた。
どういうことだ?
これはカリーナが作った。普通の船は持っているはずがない。
前方に障害物がないことを確認して一旦舵を離し、海に目をやる。
すると2つの船の間を繋ぐ黒い影があった。
その影を追い、向こうの船に目をやるとギラっと光る丸いものがあった。
それと目が合った瞬間、
ギシャァァァァァァァァァァァァァ!!!
という咆哮と共に船が上に傾き、隠れていた怪物が顔を出した。