1.勇者の末裔
故郷を出て何ヶ月か経った頃、ようやく2つ先の街へたどり着いた。街の名はレディアレント。比較的治安がよく生活水準も低くは無い、言わばごく普通の町である。カツカツと靴の踵を石畳の地面に下ろして、賑わう街の中をただ歩き回る。つまり何が言いたいのかというと、私は退屈だった。
退屈紛れに昔話でもしよう。
私、ラニ・フェリオスは17歳になってすぐ故郷の村を出た。
私には勇者の血が流れている、、、らしい。詳しいことは何一つ分からないどころか、私のお父さん、おじいちゃん、曾おじいちゃんに至るまで「勇者」については魔王を討つことが使命であるということ以外になにも話さなかった。私が過去の勇者について知るのは、500年前に活躍した私のご先祖さまのパーティだった5人が、今の5大貴族の先祖であり建国者であるということだけだ。
魔王を討つという使命についてはそこまで嫌では無い。ただ、好んでやるものでも無いと思う。しかし、私の6代前の勇者が魔王を倒してから、いとも簡単に復活してしまい、以来負け越しているのでその辺は一矢報いてやりたい気持ちも無きにしも非ずだ。国の人たちの幸せとか、ぶっちゃけどうでもいいっちゃどうでもよくて仕方なく旅している節があるが、旅は旅で楽しいことも少なくないので何だかんだ1人でも上手くやっていけていると思う。
ところで、この街は歩いていると近くから美味しい匂いが漂ってくる。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!安いよ〜!今ならレディアレント産の酒が全品300ローだよ!」
「すみません、1本ください。」
たった今決して酒が1本300ローという売り文句に釣られてしまった訳では無い。断じてない。
夜になって宿に入り荷物を預けた。
せっかくの夜だし、ここでひとつ酒場でも漁ってみることにしよう。
この街は夜ですら少し歩けば店だらけなので決め切ることも出来ず、とりあえず目に入った店に足を踏み入れた。
ギシィっという扉の唸り声と古い気の床板を踏む音が鳴り、いかにもThe酒場という感じだ。
「すみません、とりあえず1杯ください。それとアシュラセンバンの照り焼き」
「了解!少々お待ちを!」
今頼んだアシュラセンバンは私にとって、たまに食べる贅沢品だ。一見普通の魚のようだが、腹鰭は無く代わりに10本の甲殻脚があり、味も魚と蟹のキメラみたいに香ばしい。レディアレントに関わらずこの国ではよく食べられる魚で、酒のお供としてはこれ以上ないほど優秀だ。
「お待たせしました〜、酒とアシュラセンバンね。ごゆっくり〜!」
「うっほほほほ〜!」
海産物の香ばしい香りと鼻の奥にツンとくるアルコールの匂いに脳が蕩けそうで変な声が漏れる。
「いただきま〜……」
1口サイズに切ったアシュラセンバンの身を口に放り込もうとした瞬間、ガシャンという大きな音とともに私のテーブルが吹っ飛んだ。目の前にはテーブルと共にぐしゃぐしゃになった私の料理と酒、吹っ飛んできたらしき人間と、残ったのはフォークの先の1口のアシュラセンバンのみ。
この状況を理解するまでアシュラセンバンを食べようと開いた口を閉じるのを忘れていた。
「ほらな!やっぱ俺の方が強え!!!グハハハハ!」
と、威張って叫んでいる大男が恐らく私のテーブルに人間をぶっ飛ばした元凶だろう。ぶっ飛ばされた人間基もう1人の男は「ぐふぅ……」という情けない声で倒れていた。
「おいそこのお前、」
怒りが込み上げて来るより先に声が出た。
「おぉ?なんだ姉ちゃん、この強い俺様に惚れちまったか?えぇ?」
「私の酒と料理を返せ」
気づけば私は大男に迫って下から睨み上げていた。
「料理ぃ……?あぁ、悪かったな。」
ヘラヘラと反省の色すらない男に私は我慢をすることが出来なかったようで、気づけば男の顔面に飛び回し蹴りをぶち込んでいた。
男は顔面に蹴りが入った鈍い音と共によろめいて気絶した。
酒場は騒然として空気は最悪。男二人から強い酒の臭いがした辺り、店に長く居座って酔っていたのだろう。
全くもって''酒は飲んでも呑まれるな''だ。
至福の時の邪魔をされて少々気分は悪いが、長く居座る男達には店も迷惑してたらしく、店が新しい料理と酒を出してくれたので仕切り直して飲み直すことにした。
「カハァァ!うまい!やっぱ酒にはこれじゃなきゃね」
アシュラセンバンの甲殻脚の中身まで平らげていい感じに酒が回ってきた頃、私の前に1人の青年が現れた。青年はとてもじゃないがまともな服装と見た目とは言い難い。明らかにこの街の人間ではなく、どこかの村の人間かと思わせる外見だった。青年は私の前に現れるだけ現れて黙り込んでいる。
「何?私今忙しいんだけど」
酒が回ってイマイチ上手く喋ることが出来ないが、青年の顔を見るに何か助けを求めていそうな顔だった。
「用がないなら帰っていい?」
そう言って席を立とうとした時
「あ、ちょ待って、話があるんです勇者さん!」
私はその青年の言葉と同時に気が変わり、話に少し耳を傾けることにした。なぜなら私はこの街で一度も勇者であることを誰にも話していない。それなのに彼は私が勇者であることを知っていたからだ。前の街、もしくはその道中から私をつけていたか、もしくは私の剣に付いている紋章を知っていたかのどちらかだ。
「なんで私が勇者だって知ってるの?」
「えっと、街でその剣を見かけてもしかしたらと…」
「なるほどね。君がこの紋章を知ってるってことは私が行ったことある村か街からな来たのかな、レディアレントの人じゃないよね。それとも私のご先祖さまと何かあったの?」
「はい、恐らく先代の勇者様かと。」
「父さんか。まぁ魔王に殺されちゃったけどね。とりあえず私の一族に関係のある村ってことなら話を聞くよ。今来たってことは何かあったんでしょ?」
「はい。私はエルドラ村のレイス・ファンスティアレといいます。レイスと読んでください。」
「私ラニ・フェリオス。よろしくね。」
「はい。よろしくお願いします。早速本題なんですが、実は数週間前、私の村に先天教の人達がやって来て、突然この村を埋め立てると言い出して……」
「埋め立てる……?話が見えないんだけど。まぁとにかく先天教はいい噂効かないもんね。聞くに理由もこじつけって所かな。一応聞くけどレイス含め村の人達に心当たりは無いんだよね?」
「はい!もちろん。村のみんな全員先天教に何かしたとかは全く無く、みんな嘘をついているとも思えない」
「なるほどね。ちなみに先天教の人は理由は何だって言ってたの?」
「なんだか、女神様の神命だって言ってました。それ以外は特に……」
先天教はこのラーディオス王国の実質上の権力組織だ。''嘆きの女神アルディージヤ''を崇め、国に伝わる言い伝えを聖書とし絶対厳守するが、その言い伝えはあまりにもアバウトなおとぎ話で、その全貌や内部の上位権力者の素性も多くは知られていない。しかしその影響力は絶大であり、国内の多くの人々が信仰する国の頼る所でもある。同時に悪い噂も多く、この言い伝えに逆らう信徒は異端者として明確に処罰が下されると言われている。ちなみに私は先天教の信者じゃないのであまり気にしていない。
レイスの村の人たちも、先天教に逆らえば何をされるか分からないと踏んだのか、過去に関わりがあった勇者を頼ることにしたのだろう。実際私がそうなら私もそうするし、取れるうちの最善策ではある。
少し考え込んだ後、私はこの件に首を突っ込む覚悟を決めた。普段なら絶対に人助けなんてしないが、父さんが関わっているなら別だ。もしかしたら勇者についての話も少し見えてくるかもしれない
「……ひとまずレイスの村に案内してよ。今日はもう遅いから明日の朝に。」
「あ、ありがとうございます勇者様!」
「あぁ、あとその勇者様って呼び方やめてくれないかな、周りの目を引いちゃう。」
「ああ、はい…じゃあラニさん。」
「よし。じゃあ明日の朝、街外れの街門で。」