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ロんリーヴァンプ!  作者: 志麻智彦
二章
7/21

同僚はメイドさん

 「ぅ、ぅ……」

 なにかで頭を強打されたような気分に苛まれながら龍崎葵は瞼を開かせていく。

 「……俺、たしか……」

 むくりと体を起こす葵。未だ脳に霞がかかったような感覚が残るも、だんだんと視界の方が晴れてきた。

 「……そうだ……アイツらに変なもん飲まされて……」

 月明かりが室内を照らしているとこを見ると、今はどうやら夜のようだ。

 ちょうど十二時の柱時計の音を聞いていた葵は随分と眠ってしまっていた。

 「…………」

 思い出す昼間の記憶。

 朝一で学校から呼び出しをくらい、武田たちを殴ってしまったために退学処分になりかけていたところを桜城先生から教えられた『課題』をクリアすれば処分は免除してくれるという話を受け……。

 「……そんでこの屋敷に来て、いきなり昏睡させられた……と。超激動な一日を過ごしてんじゃん俺」

 つい自分を褒めたくなった葵。

 と、いい感じに脳の霞も消えかかってきたところで————改めて周囲を確認する。

 葵が寝かされていたのは屋敷の一室で、シングルサイズのベットが用意されていた。やけに準備の良いことだと思うが、実際寝心地は悪いものではなかった。

 視線を横に向ければ————大きめな窓が屋敷の外に広がる雑木林たちを覗かせていた。

 やけに強い夜風が吹いているうで木々のさざめきが室内にまで響き渡ってくる。

 「……もうほんとなんなんだよここ」

 「——それについては私から説明いたしましょう」

 「————!?」

 突如聞こえてきた『女』の声に、葵は反射的に体を跳ねさせてしまった。

 キョロキョロと周りを見回すも、月明かりだけが照らす視界ではなかなか標的を見つけ出すのは難しかった。

 「ここです——」

 「まさかのベットの下!?」

 ヌッ、と葵が寝ていたベットの下から顔だけを出してきたのは————メイド服を着た少女だった。

 「……あんた」

 「私は『氷室芽依』と言う名があります。以後、お見知りおきを」

 「お、おぉ。俺は——」

 「『龍崎葵』。さんですね?」

 「…………よくご存知で」

 「あなたの事は『梓』から概ね聞かされていますから」

 「こうゆうとこは無駄に手際がいいんだよな……」

 後ろ髪をガシガシと掻く葵。

 対してメイド姿の芽依は深々と頷いてみせた。

 「お気持ちはお察しします。そのくせいつも手間隙かかる事は他人に投げて本人はどこかに行くもんですから困ってしまいます」

 「あ、そうそう。そーなんだよ。要領が良いっつーか、立ち回りが上手いって感じだよな」

 「まったくその通りです。正直、梓を見ていたら結構ストレスが溜まるもんですよ」

 「…………」

 「………………」

 葵と芽依は————ベットを挟んで上と下で見つめ合う。

 「意外と馬が合いそうだな」

 「同感です。あなたも思ってたより話が分かる人なようですね」

 二人は互いに口角を上げ合った。


 

 葵と芽依は二人並んで屋敷の廊下を歩いていた。

 「それでこの屋敷は一体どうなってるんだよ?」

 「どう? ですか?」

 葵の問いに芽依は小首を傾げる。

 少し抽象的すぎたか、と葵は一度考え込む仕草をみせ——また口を開いた。

 「い、いや……なんつーか……さ」

 「……?」

 「この屋敷には女の子たちしかいないのか?」

 精いっぱい考えたのちにこんな軒並みな質問しか口から出てこなかった。

 しかし芽依はそんな葵の問いにも律儀に答えてくれる。

 「はい。私と彼女たち『五人』で住んでおります。たまに梓がやって来ることもありますが——基本は私たち六人しかいません」

 「……桜城先生は一体こんなとこでなにしてるんだよ」

 「梓はここの土地主なのです」

 「マジか!?」

 「大マジです」

 毎日タバコとミルクココアのダブルセットがお似合いの桜城先生の新事実を知ってしまった葵。

 「てっきりあの人どっかのボロアパートでやさぐれた生活してるんだと思ってた……」

 「まぁその想像も概ね間違いではないですよ。実際梓は今、職場近くのアパートを借りて住んでいますし。第一、彼女もどちらかと言うと——『巻き込まれた側』ですしね」

 「……巻き込まれた?」

 「それについては実際に見てもらった方が早いかと。口で説明した方が絶対に信じてもらえないと思いますので」

 「……はぁ……そうですかぁ」

 芽依がハッキリとそう言うものだから、葵も渋々頷くことしかできない。

 二人が歩く屋敷の廊下はかなり広く。自動車一台通れるんじゃないかと思ってしまうくらいであった。……さすがにそれは葵の妄想の飛躍かもしれないが。

 「……でも、ほんと広いな」

 普通の人生ではまず見ることはないだろう大きな窓枠に、天井には豪奢なライトが備わっている。廊下の床にはどこまで伸びているのか見当もつかないほどの『真っ赤』なカーペットが敷かれていた。

 そんなレッドカーペットの上を素足で歩いていく葵と芽依の二人。

 時々通り過ぎる部屋を横目に見ながらも、廊下の奥へと進んでいく。

 外では夜風が吹き荒れ、雑木林がざわめいていた。この屋敷の灯りがなければ本当に心霊スポットとして認定されるのは間違いないだろう。


 (……いや、逆にこの屋敷の灯りが余計か)


 なんか自分が『心霊側』に認定される想像をしてしまい……まぁそれはそれで悪くない気分に浸る葵であった。

 「どうしたんです、そんなバケモノみたいな顔して」

 「なぁ、もう少しいい例えなかったか? ストレート過ぎて少し効いたぞ?」

 「少しですか?」

 「……効果抜群なのでお手柔らかにお願いします」

 「ふっ、まったく。仕方ない『同僚』ですね」

 「…………」

 葵はそこで不意に聞きたいことを思い出した。

 「なぁ、昼間のアイツらの挨拶を指示したのって……」

 「私ですが、なにか?」

 「やっぱりか!!」

 見ず知らずの人間に対しよくも平気で『豚野郎』など呼べるものだ。と、ずっと頭の片隅に引っかかっていた葵だが……芽依とのやり取りでだいぶスッキリした。

 「あら? 違いましたか?」

 「大違いだわ! 誰が豚野郎だ、誰が!」

 「私は——梓からそう呼べばあなたが喜ぶと教えられたのですが」

 「黒幕はあの人か————ッ!!」

 今頃、自宅で一服でもしているであろう担任教師に向かって————葵は声を張り上げた。

 「そんなことより、龍崎さん」

 「そんなことって……。って、まずその呼び方やめてくれ。あまりよそよそしい呼ばれ方は好きじゃねーんだ」

 「……でしたら、葵さん。とお呼びします」

 「助かるぜ」

 芽依が足を止めたと思えば、気づかぬ内に葵の眼前に大きな扉が姿を現していた。

 「……この先は?」

 「ここから先は——私たちの『仕事場』になります」

 「……?」

 仕事場と言う言い方に小首を傾げる葵。

 「仕事場って、もう夜だぜ? あっ、夜に一気に家事や洗濯するってことか?」

 「違います。豚野郎」

 「おいっ」

 唐突な呼び名についツッコミを入れてしまう葵。

 対する芽依はどこか嬉しそうに微笑を浮かべていた。

 「この時間からが私たちの『仕事時間』となるわけです。その前に葵さんに確認しておきたいことがあるのですが」

 「……なんだよ」

 「忘れているわけないと思いますが。これからはあくまであなたの言動一つが我々の審査対象となります。暴力行為はもちろんその他『普通の高校生』として『人間』としての常識、モラルに反する行為をした場合————あなたはここから去っていただき、学校側には退学処分を通達することになります」

 「……あぁ、心得てるぜ」

 葵の真っ直ぐな瞳と返事を受けて——芽依はフッ、と口角を上げた。

 「それなら良かったです。では、早速ですが——これから約二週間ほどですが、よろしくお願いいたします」

 「おう——こちらこそだぜ!」

 葵の威勢の良い返事を合図に————芽依は眼前の大きな扉を両手で押して開いていく。

 中に入っていく芽依が扉のそばに備え付けられている電気のスイッチを入れると、天井の灯りが一気に広がり出した。

 「な————ッ」

 その灯りの下。葵が目にしたのは——。


 ——五人分の『棺桶』が並べられている光景だった。


 「これは……またすげー光景だことで」

 眼前に並べられている五つの棺桶を見て、葵はそう口から零した。

 半ば呆然と佇む葵を無視するかのように芽依は部屋の真ん中へと進んでいく。


 「彼女たちは——吸血鬼なのです」

 一言。そう告げてきた。あまりにもあっさりとさも当然のような口ぶりで。


 「吸血鬼……」

 もうここまできたら自分が今までいた世界の方が間違っていたのでは、と葵は思いかけていた。

 「吸血鬼が五人……ってことか?」

 「そうです。彼女たちは幼い見た目はしてますがその実年齢は私たちの何百倍もあるんですよ」

 「私たちってことは——芽依は人間なのか?」

 「はい。紛れもなく人間です」

 「…………」

 「年齢は聞かないでくれるあたり——あなたは気遣い屋さんなんですね」

 「……なら、聞いてやろうか?」

 「事前確認をする人が今更聞けるわけないじゃないですか」

 「…………」

 葵は少しだけ唇を尖らせ、顔を逸らした。

 芽依はそんな葵の仕草ひとつに大人びた微笑を浮かべる。

 (まぁ、言うて歳は近そうだけどな)

 振る舞いや話し方では葵よりも大人な態度を見せるも、時折見せる微笑みや顔立ちから葵はそんな歳が離れているとは思えなかった。

 「なるほど……吸血鬼だから夜が本番ってわけね……」

 「そんな卑猥にとられるような言い方はやめてください。彼女たちは歳はいってますが中身はまだまだ幼子レベルなんですから」

 「ふへぇ……」

 吸血鬼と言われ、もっと聡明で優美な印象を勝手に抱いていた葵は少しばかり驚いてしまった。

 「そんで、なにをすれば良いんだ?」

 「特別なことはそんなにありません。あなたが先ほど言っていたように、彼女たちのお世話とその他家事や洗濯といった雑用全般を私とやってもらえれば十分です」

 「……っし、任せろ」

 昼間の時には若干想像つかなかったが——今は自分がやるべきことがハッキリした。

 葵はより目的が明確になったことでやる気に満ちた顔つきになる。上がった口角は彼の自信の表れだ。

 「それでは早速。——十二時の鐘の音が鳴ったら彼女たちを起こしますよ」

 「おう!」

 そう言って葵は部屋の隅に置かれた大きな古時計へ目を向けた。

 あと数秒で秒針が『十二』に重なろうとしている。

 心の準備もあまり整わないまま、すぐにその時を迎えた——。


 「ぜ——んいん——起きろ————ッ!!」

 「な!?」


 古時計の鐘の音が掻き消されるほどの——芽依の絶叫によって……。


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