連れて行かれた先では…
太陽もまだ頭上で輝き、夏を過ぎたとは言えまだまだ厳しい紫外線を放つ中————一台の車が山道を走っていた。
「——くしょん!!」
「どうした? 見た目らしくない可愛いくしゃみなんかして。災害の予兆か?」
「……普通にくしゃみしただけでなんでそこまで言われなきゃいけないんだ」
「人は見た目にそぐわない行動をされると心底不安にかられるものなんだよ」
「……そりゃ担任教師がヘビーでもか」
「私は見た目通りのヘビーだから問題なかろう」
「……そうゆうこったねーだろ」
眼前の運転席でハンドルを握る桜城先生は口に咥えていたタバコを取り、携帯灰皿の中で潰す。そのまま胸ポケットにしまった。
タバコを吸うために開けていた窓も同時に閉ざすと、先ほどまで入り込んできた秋風が一気にシャットダウンされた。
桜城先生のシルバーのプリウス車が街外れの山道を走っていく。
課題を課された葵は雪斗と花御に別れを告げたのち、桜城先生と合流し車に乗せられたのだ。
そのまま目的地に案内してくれると言うので、先ほどから大人しく後部座席に座っていたのだが、小一時間経っても目的地に着かないでいた。
「先生、道間違ったりしてないっすか? 学校出てもう一時間経つんすけど」
「私がお前みたいなアホをするわけないだろ。いいから大人しくしてろ、時期につくから」
「……なんか言い訳じみて聞こえるのは気のせいでしょうか」
「まったくもって気のせいだ。私が提案して私が連れていくと言ったんだぞ?」
「……にしては、さっきからタバコ吸うペースあがってないすか」
「山道が私にタバコを吸わせるのさ」
「それ迷ってるって意味じゃないすか!」
「んなバカなことがあるか!」
「ついに吹っ切れた!?」
明らかに怒りを爆発させた桜城先生。眉間に集まる皺の数が増えていき、ハンドルを握る手に力がこもる。
「……不安だ」
雪斗と花御にあんなことを言った手前だが、現時点で不安と恐怖しかなかった。
「っかしーな……引越しはしてないはずだし……」
「そのオチだけは笑えんすわ」
「そうだな。こっちも、お前と一時間以上もドライブしてただけだなんて日を三十路を前に迎えなければいけないのは阻止したいところだ」
「……先生、俺じゃなかったら即倒もんの言い方ですぜ」
「お前にしかこんな言い方しないに決まってるだろ。教師を舐めるな」
「……俺って可哀想な奴」
「日頃の行いを反省しとけ」
そんな無駄話を挟んでやっと山道を抜けた車は——徐々に速度を落としていく。
「よしっ、やっぱ私は道なんて間違えてなかったんだ」
「…………」
満面の笑みを浮かべる桜城先生に、葵は変に刺激しないように口を閉ざしていた。ただ冷めた眼差しだけを向ける。
山道を抜けた先、住宅街とは言えないなんとも空虚な世界へとやってきていた。
周りは雑木林に囲まれているも、なぜか車が走れる一本道が伸び続けているのである。まるでこの先の『どこか』に導かれるように造られた車道。その上をシルバーのプリウス車が法定速度よりも低い二十キロの速度で進んでいく。
「変なとこに来たもんですね……」
「その感覚は大事にしといた方がいいぞ」
「え?」
桜城先生が不意にそんなこと言うとは思わず、葵は虚を突かれたように声を漏らした。
「二週間後に同じ感性を持っているかちょっとばかし楽しみにしとく」
「……はぁ」
なにを言ってるのか分からず、曖昧な返事になってしまう葵。ただのお手伝いをするだけで感性まで変わるとは思えない。
(それくらい本気でやれ、ってことか)
勝手にそう解釈した葵は「任せてくださいよ」と威勢よく応えてみせる。
「……絶対、意味分かってないだろ」
桜城先生は呆れまじりの溜息を零す。
そんな中、どうやら車は目的地に到着したようでどんどん減速していく。それに合わせるように葵も窓から外を覗いてみる。
すると——そこには、大きな『屋敷』が見えた。
「……なんだここ」
屋敷と言われればそうなのだが、やけに雰囲気があると言うべきか……少し不気味な空気を漂わせていた。
周囲の雑木林たちも相まってか夜にこんなとこに遭遇してしまえばかなり怖いイメージが増すだろう……葵はそんなことを思う。
「ここですか?」
「そうだ。どう見てもここしかないだろう」
「まぁ……そりゃそうなんですけど……」
雑木林しかない場所を見ればむしろこの屋敷じゃなければ仰天するとこなのだが、目前のどこか不気味な屋敷もなかなか恐怖を感じざるをえない。
「さぁ、降りろ。またたまに定期報告も兼ねて顔を出す。決して逃げ出そうとするなよ? その瞬間、お前が戻る場所は無いと思え」
「……まったく、教師とは思えない物言いだこと」
「お前は生徒らしかなぬ生徒だよ」
「褒めてます?」
「その質問をするだけで先生は残念だ」
「……了解っす」
こめかみに人差し指を当てる桜城先生。その反応を見ただけで、葵はそれ以上口を開くことをやめた。
葵はシートベルトを外し、扉を開けようと手をかけるも——その時、桜城先生に「龍崎」と名を呼ばれた。
「なんすか?」
「これ、もってけ。さすがに『男用』の用意はできないからな」
桜城先生はそう言うと————リュックサックを投げてきた。
「? まぁ……ありがたいので貰っておきます」
受け取った葵は若干不審に思うも、空のスクールバックだけよりはましだと素直に感謝しておくことにした。
「親御さんにはこっちから連絡しておく。あくまでお前は次のテストへ向けて勉強合宿している体でな。停学になりました退学になりましたなんて親御さん聞いたら悲しむだろ?」
「……それは、マジでありがとうございます」
葵はその配慮は心底助かるものであった。深々と頭を下げてみせる。
「……はぁ。じゃあ私はここで一旦帰るから————またな」
「はい」
桜城先生は一瞬だけ困ったように目尻を下げたが、すぐにいつもの口調に戻る。
葵は今度こそ扉を開け、地に足をつけた。街中から外れたせいか、鼻をくすぐる外気がやけに新鮮な気がする。
「それじゃあ——よろしくな、龍崎」
「はぁ……?」
車から降りた葵に、桜城先生はそんなことを言い残して車を走らせて行ってしまう。
「……よろしく、ってなにが?」
頑張れでもなければ——よく分からない言葉をかけられたもんだ、と葵は首を傾げる。
「まぁ、いいか」
日頃の桜城先生の言動を思い返し、特に深い意味などないと悟った葵は——目的地である眼前の屋敷を見据えた。
「っし、やってやるさ!」
葵はこれからの二週間へ向け、気合いを入れると——歩き出す。
屋敷の玄関。もちろんインターフォンなんてついていない、かと言って呼び鈴なんてモノも見当たらない。しかし葵は躊躇することなく玄関扉をノックしたのち、大声で「すいませーん!」と発した。
「…………」
返ってくるのは静寂と風に揺すられる雑木林のざわめきだけだった。
「……誰もいない?」
そんなバカな。と、葵は思いつつ桜城先生ならそんな展開もあり得ると不安が襲ってきた。
「嘘だろ……?」
それだけは勘弁して欲しいと思いつつ、玄関扉に備わっているドアノブを捻って押してみる。すると——なぜか扉が開けていったのだ。
「……?」
鍵掛かってない? そんな強い違和感を覚えた葵はそのまま恐る恐る開けていく。
「————」
開けた扉の先。
そこで葵が目に飛び込んできたのは——。
「「「「「ようこそ! ——この『豚野郎』が!!」」」」」
「…………は?」
『五人』のゴシックロリータ姿の少女たちによる————蔑んだ言葉の槍だった。