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ロんリーヴァンプ!  作者: 志麻智彦
一章
2/21

さて、どうしたものか…

 豪奢なシャンデリアが天井からぶら下がり、真っ黒な遮光カーテンで包まれた一室で—————五人の『ゴスロリ姿の少女』たちが食事をとっていた。

 「ねぇ……今日からでしょ? 新しい『お手伝いさん』って」

 丁寧な所作で手に持っていたナイフをテーブルに置いた亜麻色髪の少女がそう言った。

 「そう聞いてるわ」

 応えるのは『赤髪の少女』だった。

 「何時?」

 「さぁ? メイはなにか聞いてる?」

 「いえ、イリア様。まだ詳しくは聞かされてません」

 話を振られた銀髪のメイド姿の少女が、入り口扉付近で端的に返す。

 「あの人も適当なんだから……」 

 「まぁ、それがアーちゃんだよね!!」

 金髪の少女が口から食べカスを飛ばしながら元気の良い声を放った。

 「でも来てくださるお手伝いさんは『高校生』と窺っております」

 「そうらしいっすね! なんでもどんな敵でも一発で倒しちゃう必殺技を持ってる人らしいよ!」 

 紫紺の髪をツインテールにしている少女が嬉しそうに言う。

 「マジ!? ノア、早くその技教えてもらいたい!!」

 「待ってよ、それって『良い人』だったらいいけど『悪い人』だったらどうするの!?」

 「まぁた出た。ジェシーの疑い癖……もうっ」

 「なによ、その呆れた顔つきは! 私はノアのために——」

 「ハイハイ、二人ともそこまでにするっすね! ミシェルの前ですし!」

 四人の少女の視線が——テーブルの一番奥、『お誕生日席』に座る小柄な銀髪少女へと集まった。

 「はぁい。ミシェル、あたらしぃひとくるのたのしみ〜」

 子供用のフォークとスプーンを持って満面の笑みを浮かべた銀髪少女。

 それを見て、他の少女たち全員の頬が緩む。

 「ですねですね!」

 「はぁ……まったくみんな呑気なんだから……」

 空気が和んだ中、赤髪の少女がこれだけは言っておくとばかりに声を沈めてこう告げる。

 「人柄や特技なんて二の次よみんな。——まずは私たちを『受け入れて』くれるかが問題よ」

 「確かに!」

 「ですね!」

 「そのとおりだわ」

 「はぁい。ミシェルも〜」

 四人のゴスロリ衣装の少女たちは揃って頷き、入り口扉付近で立つメイド少女も瞼をソッと伏せた。

 「どちらにしろ——私たちは『人ならざる者』なんだから、その自覚は持っておいてね——みんな」

 その掛け声に合わせるように—————ゴシックロリータ姿の五人の少女たちは瞳を『赤く』輝かせるのだった。


 ***


 天は人に二物を与えず。

 こんな言葉を信じて生きている人は果たして地球上に何人ほどいるだろうか。

 言葉どおりに一人の人物に複数の才能を与えることはせず、また才能を与えたとしても他に欠点があるという言葉だ。

 顔がカッコいい人間だが性格が悪かったり、運動がもの凄くできても勉強が驚くほどできなかったり、それは人によりけりだろうが——要はそう言うこと。

 閑話休題。

 公立獅子尾高等学校の職員室に一人の少年が険しい表情を浮かべて姿を現した。

 「——で? 覚悟はできてんだろうね?」

 「間髪すら入れてくれないのかよ……」

 入室して速攻飛んできた槍玉に龍崎葵は肩をすくめてしまう。

 広い職員室とはいえ、葵が入ったのは職員室の入り口脇に設けられた『指導室』であった。

 そこではすでにソファーに足を組んで座る女教師が待ち構えていた。

 「こうゆうのはスパッ、と言った方がいいのさ」

 そう言った女教師は咥えていたタバコを口から外し、煙を吐き捨てると同時に灰皿でグリグリと潰した。一応、生徒が来たから配慮してくれたのだろうか……。いや、普通に短くなったからキリよく潰しただけだろうと葵は考えを改める。

 革製の質の良いソファーにドカッ、と我が物顔で座る女教師は『桜城梓』と言う。龍崎葵のクラス担任兼生徒指導係だ。生徒指導係と言えばゴツい体育教師などが思い当たるかもしれない。実際には体育の岡崎先生と掛け持ちでやっている。

 葵が担任クラスだと言うこともあり、なにかと毎度お世話になっている現状であった。

 しかし。そんな縁も今回限りで解消されてしまいそうな雰囲気が指導室に充満している。

 「まったく……今どき職員室でもタバコが吸えるって聞いてここの職員になったというのに……今さら後悔してきたわ」

 忌々しげにそう吐き捨てた桜城先生は、眼前のガラス張りのローテブル上に置いていた『ミルクココア』を口に含ませた。

 桜城先生の好物なのだろうか、ここに呼び出される度にこの姿を目にする葵。タバコと甘いもののコラボは果たして合うのだろうかと言う疑問と将来への興味が湧いてくる。

 けれど——今は、そんなことよりもよほど深刻な現状が葵の目前に迫っていた。

 「……で? さっきも言ったが覚悟はできてるんだろうな?」

 「先生タバコ何箱でいけます?」

 「はぁ……今回ばかりはタバコ三カートンでもどうにもならんな」

 「……ミルクココアは?」

 「四ダースでも補えん」

 「……マジすか」

 「マジだ。……だから口酸っぱく言ってきたと言うのにお前というバカはほんっとに……」

 「…………すんません」

 さすがの葵もお世話になっている桜城先生が項垂れるのを目にしては、罪悪感に苛まれてしまう。

 今までどうにかしてくれたり、なんとか延命措置を施してくれたりと恩恵が得られていたのだが……。どうやら今回ばかりは本気でどうにもならないらしい。

 (まぁ。しゃーねーよな……)

 葵自身もやってしまったことに若干の後悔は残ってはいるが、結果としてあのまま放っておく結末は無かったと思えてきた。そう考えれば少しは葵の中で今回の『処罰』にはすんなりと受け入れられる。

 「……なんで笑ってんだ、お前」

 「え?」

 桜城先生に言われて、驚いてしまう。

 葵は本当に意味が分からないとばかりに惚けた表情を浮かべていると、桜城先生にまた溜息を吐かれてしまった。しかも今回はかなり大きく長めのやつだ。

 「お前は、今回の件は正当な行為だと思うか?」

 「……それは……」

 「話は聞いたさ。武田のバカたちが女の子にちょっかいかけたんだろ? それをお前が割って入った。そして武田たちをボコボコにしてきた——と」

 「ボコボコになんて。ただちょーっとグーパンしただけで……」

 「…………はぁー」

 桜城先生はもう一度、ローテーブルに置かれたミルクココアを口に含んだ。

 ドン! とローテーブルに力強くミルクココアの缶を置いた桜城先生。そしてすぐさま、ギロリと猟犬のような眼光を向けてきた。

 「ぅ……」

 その迫力と圧にさしもの葵も喉を詰まらせてしまう。

 やがて一泊の間を開けると、桜城先生からこう告げられた。

 「このままお前には約束どおり『停学処分』を下すことになっている」

 「……はい」

 桜城先生はローテブルに肘をのせ、顔の前で両手を組んだ。

 「その期間は二週間。それが明けたらお前は復学ができるが、その後同じような問題を起こせば今度は即退学となる。分かってるな?」

 「……はい」

 ここまでは葵も聞かされていたことだ。なにも異論はない。大人しく頷いていた。

 「と、ここまではつい昨日までの『約束だった』」

 「——え?」

 その不穏な言い方は葵の表情に驚きを与えた。

 「……まさか、ここに来て退学処分に変わったとか言わないですよね?」

 葵の瞳に動揺が走る。葵の問いに桜城先生は眉間に皺を増やし——一つ頷いた。

 「——なんで」 

 葵はそう発することが精いっぱいだった。

 桜城先生はソファーの背もたれに寄りかかり、頭上を見上げる。鼻から重苦しい息を吐いたのち葵の目を見据えた。

 「——昨日、お前の事件を聞いた『青木教諭』が校長のもとへお前を停学処分などと甘い罰ではなく、学校から退学させろと申し出があったんだ」

 「な——っ」

 青木教諭とは葵の学年主任でもあり副校長の籍も持っている権威の高い四十後半の男性教師である。

 葵とは直接的には関係がないが、学校側の問題で校長よりも表に出る機会が多いのが青木先生であった。

 「……青木がなんつったんだよ」

 「言っただろ。お前を退学させた方がいいと校長に打診したんだ」

 「それを聞き入れたってか?」

 「そうだ」

 「なんで!!」

 ローテブルを乱暴に叩いた葵。桜城先生はその行動を見てから一瞬だけ瞑目した。

 「お前には前科がありすぎたんだ。証拠がこれでもかってくらいに出てくる。そんな中で校長がお前の方を優先してみろ。青木がなにしでかすかも分からんし、校長先生が他の教師たちから疑われて立場が無くなってしまう。私みたいな一端の教員ならまだしも学校

全体の責任を背負っている校長がそうなってしまっては学校全体、教師、保護者、これから入学しようとしている中学生、またはその親御さんたちに影響が出てしまうんだ。こればかりは仕方がないだろう」

 「……ぐっ」

 そこまで言われて葵も事の大きさを認識したのか、言葉を詰まらせた。

 「そこでお前は昨日の時点では今日、ここで——退学手続きをしてもらうことになっていたんだ」

 「そんな……」

 停学ならまだやり直せるチャンスがあるのだが、さすがに退学してしまってはどうしようもない。困惑に表情を歪ませる葵だが、その脳裏は『親』への申し訳なさでいっぱいだった。

 (やべー……よ……)

 本気で困った。そんな想いで胸中を埋め尽くす葵。

 「ふっ」

 そこで桜城先生が不意に笑みを零した。

 「だが、まだお前は退学手続きを済ませてないだろ?」

 「え? ……でもそれはこれからするんじゃ……」

 桜城先生の意図が分からず葵は困惑する。

 「そうだ。そのままだったらお前はもう退学するしか手がなかった——」

 「?」

 未だ首を傾げる葵の眼前に、桜城先生はスーツの胸元から折り畳まれた一枚の紙を取り出してみせた。

 (これが手続きの紙か……?)

 葵はそう思い恐る恐る紙を手に取り、開かせると——。

 「ん?」

 そこには『お手伝いさん募集中!』と黒い太文字で書かれていた。

 「なんだよ、これ」

 「見てのとおりさ。お手伝いさんを募集してるとこがあってね」

 「いや、これ……。どう見ても手書き……」

 「お手伝いさんを募集してるとこがあるんだよ」

 「…………」

 どう見ても後からマジックで書いたようにしか見えないが……。桜城先生が頑なに認めない雰囲気を出しているため、葵もそれ以上口を開くことはしなかった。

 桜城先生は続けてこう言ってくる。

 「このお手伝いを二週間やって一定の評価をクリアできたら、お前の退学処分は取り消しってことになった」

 「なに——ッ!!」

 目から鱗でも出るかのような展開に思わず声をあげてしまった葵。

 「それで……それで、本当にチャラになるんすか?」

 「なるさ。この条件をクリアできればな」

 「一定の評価って……誰が判断するんだよ」

 「それは『現場の奴ら』さ」

 「……学校の教師じゃないってことか?」

 「まぁ端的に言えばそうゆうことだ」

 「…………」

 学校じゃない人が判断する。それは言い換えれば葵の人柄や行動をフラットな状態で見極められる人が担当するということだろう。

 正直——葵からしたらそれは願ったり叶ったりな状況であった。

 「…………」

 「なんだ? なにか不満でもあるのか?」

 自身を見つめてくる葵に、桜城先生は不満を持っているのではと思ったのか。

 ただ葵の内心はまったく異なるものだった。

 (先生がきっと……)

 眼前で済ました顔をし葵と話す桜城先生。きっと葵の知らない裏で色々としてくれたのだろう。でなければ、これまでの行いを知られている中でこんなチャンスが巡ってくるわけがなかった。

 「————」

 葵はなにか言おうと脳を働かせたが、それよりも早く——体が勝手に動いていた。

 「ありがとう、先生」

 頭を深々と下げた葵。視界には地面しか見えないが、その向こうで「ぅ」と声を詰まらせる音が聞こえた。

 「や、やめろ。いきなり」

 そう言って、桜城先生は胸ポケットからタバコを取り出し口に咥えた。

 先ほどまで生徒である葵に気を遣っていたはずなのだが、今は無意識的だろうか……タバコにライターで火をつけていた。なかなかライターの火がつかず若干動揺が垣間見えたのを葵はしっかりと目に映す。

 桜城先生は一服すると、落ち着きを取り戻したか——再度、葵と向き合った。

 「いいか? 逆に言えばその評価をクリアできなかったらお前は即退学だ」

 「あぁ。承知したさ」

 「それとな——その二週間一切の問題行為を禁ずることもだ。犯罪なんてもってのほか、暴力も飲酒もタバコも全部禁止だ。それが発覚した時——お前は二週間待たずして速攻でこの学校から去ることになる」

 「……任せてくれ。俺はもう絶対に拳は振るわないさ」

 「不安しかない決意だな……まったく……」 

 何回裏切られたことか、とボヤく桜城先生。だけど今回ばかりは、さすがに葵自身かなり本気の決意と覚悟を抱いていた。

 それは自分だけでなく、『親』や眼前の『桜城先生』。はたまたここにはいないが葵にとって大切な『友人たち』にこれ以上迷惑かけないために。

 だから龍崎葵は、手にした一枚の紙を再度見つめ————立ち上がる。

 「先生。見ていてくれ、俺は絶対この二週間で『改心』したところを見せつけてやるからさ!」

 「……ふっ、いつも言うことだけは大きいだからな——こいつ」

 立ち上がり拳を握る葵を見て、桜城先生は苦笑してしまう。

 ——こいつはいつも真っ直ぐなんだよな。

 その思いを胸に抑え、桜城先生は最後とばかりに——葵にこう『注告』を残した。


 「————言っておくが龍崎。審査員はかなり『厄介』だからな、気をつけろよ」


 葵はその注告の意味をさほど理解してないであろうが、なぜかニヤリと笑い——。

 「大丈夫だって! 絶対クリアしてくるからさ! ご褒美のモンブランでも買って待っててくれよ!」

 そう言い切り、親指を立てた葵は————威勢よく職員室を飛び出して行った。

 「あいつ、場所分かってないだろうに……どこ行く気なんだ、まったく……」

 募集中の文字しか書いてないはずなのに、飛び出して行ってしまった葵。どうせろくに文章など読んでいないことが明白になり、桜城先生の胸には不安でいっぱいになってしまう。


 「まぁ……今回に関しては龍崎にとっても————『アイツら』にとっても良い方へ転べば御の字なんだがな……」


 そう呟いた桜城先生はミルクココアを飲もうとしたのだが——すでにその中身が空なことに気づき、思わず苦笑してしまうのだった。


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