出会いの右ストレート
今回は、日常系?
少しだけ訳ありな少女たちと喧嘩っ早い少年のストーリーになります!
波瀾万丈に作ってみたつもりです…。少しでも誰かの感性に刺さっていただけたら幸いです。
「モンブラぶらぶらモンブラこ〜。お腹に溜まってさあー大変〜」
住宅街の道中。学ランを着たプリン頭の少年が軽快な鼻歌を鳴らし歩いていた。
「むふふ……今日は何もなかったご褒美だぜー」
消えかかった夕陽が染めあげる世界の中、『龍崎葵』は片手で握ったコンビニ袋を眼前に持ち上げ頬を緩ませた。
「期間限定のモンブラン……四百円近いそのお味……たっぷり味わってやる」
ニヒルな笑みを作って囁く葵。
人気がないから良いものの、その邪悪さ極まりない笑みを見られたりすれば即通報ものだろう。
残暑を超え、冬の強烈な寒さを予感させる秋風を受けながら葵は住宅街の中を歩いていく。
一本道を進んだ先、二手に分かれた道にさしかかる。葵は悩むことなく『右側』の道を歩いていく。
その時——。
「ア?」
葵の前に、『複数の人影』が現れたのだ——。
「…………なんだアリゃ」
視界の向こうで沈みかけている夕陽と重なってよく見えないが、葵は目を細めて前のめりになると、薄らと状況が見えてきた。
——一人の『ゴスロリ少女』が、三人ほどの男子高校生に絡まれていたのだ。
「……ほぉん」
頬を綻ばせていた葵だが、その意味を察した瞬間——鋭い目つきを作り眉間に皺を重ねた。
片手に持っていたモンブラン入りのコンビニ袋を、肩に担いでいた身軽なスクールバックの中へと入れる。先ほどまで開きっぱなしだったチャックをしっかり最後まで閉め切った。
「あっ、でも次やったら停学って言われたんだっけ……」
いざ行こうと足を踏み出した矢先、ふと我に返った葵。
脳裏で思い出すのは先刻学校の教師から告げられたセリフだった。
——お前、次喧嘩してみろ。速攻停学処分だからな?
咥えタバコの似合う女教師からの言葉を思い出し、葵は歩みかけていた足を踏み止まらせた。
「……すまん、俺も生活がかかってるんだ……」
葵はやるせなさをたっぷり滲ませた声音を発し、踵を返してしまう。
(通報くらいはしてやるさ)
ズボンの尻ポケットからスマホを取り出し、警察に連絡をとる葵。
事情説明と場所を端的に告げるとスマホの電源を落とす。
「後は警察にお任せだ」
やることはやったとばかりに背を向けて歩き出そうとした葵。だが、その足取りの先にまた人影があらわれた。
(うわ……)
嫌な予感を抱きつつ、ゆっくりと顔を上げる葵。その視界に映るのは——リーゼント頭のいかにも不良といった男子高校生の強面だった。
「おい、お前なにしてんの?」
「……さ、さぁ〜?」
通行人を装って素通りしようと惚けてみたものの————その瞬間、眼前の男が葵の鳩尾に拳をめり込ませた。
「グぁっ!?」
突然受けたボディーブローは思いの外効いた。葵は刹那、眼前の男はかなりの強者だと判断できた。
久しぶりの刺激と痛みに腹を抱えてしまう葵。リーゼント頭の男子高校生は、途端大声をあげた。
「おーい! こいつどうするよー?」
その声音に、向こうで少女を囲んでいた男子生徒たちが葵の存在に気づく。
「…………ッ」
チラッ、と葵は背後を振り返ると訝しげと怒りを含ませた表情をする男子生徒とその後ろで驚きに目を見開かせている『赤髪の少女』が見えた。
「なんだお前、俺らになんか用か?」
「ッ……。い、いや〜用なんてまさか……。無いですよ、ほんとに」
通行人を装おうと声音を変える葵。ちょっと情けない顔つきをしたまま振り返ると、そこには見知った顔があった。
「……なんだ、こいつ『龍崎』じゃねーか」
「…………武田」
『武田陸斗』。
葵と同じ学校に通う同級生であり、よく葵が拳を振るう——言わば『因縁』のある相手だった。
「どうやら今度ばかりは俺の勝ちみたいだなァ」
勝ち誇った笑みを浮かべる武田に、葵は嘲笑うように口端を上げてみせた。
「……いつの間に『良いお仲間』と付き合うようになったんだ? 武田よぉ」
「そいつはお前が知るこったねーだろ。聞いたぜ? お前次やらかしたら停学なんだってェ? クククッ、こいつは本当についてやがるぜ」
「ア?」
葵は目を細め、鋭い眼光を飛ばした。
「おいおい、なんだその目は? 分かってんのか? お前はもうなにもできないただのイキり野郎なんだよ。——分かったら、黙って大人しくしとけや——あ!」
「…………ッ」
有頂天の極みとばかりに鼻を上げ、葵を見下ろしてくる武田。葵は今すぐにでも右ストレートを放り込みたかったが——それを寸でのところで耐え凌いだ。
その瞬間、武田の背後で佇む少女の『輝く瞳』を見てしまったから——。
「俺は……ほんとになんも見てねーって。だから今日はけーるんだ」
「アぁ?」
葵からそんな返事が来るとは思わなかったのか、武田は怪訝な目を作り苛立ちまじりの声を漏らした。
少女の瞳に映る輝きを葵はなんとなく察したのだ。
ただせさえ見知らぬ男子生徒に絡まれ、殴る蹴るの暴力行為なんて見てしまったら、それは悲しくなるものである。
(こんな小さい娘を泣かせるわけにはいかねー)
そう思い、武田たちに背を向け歩き出した葵。
武田たちの顔を見ていると殴りたい衝動に駆られてしまうので——スクールバックの中に隠した期間限定モンブランで脳裏を埋め尽くした。
少しばかり鳩尾が痛むが、このまま退散すれば明日にはひいているだろう。
後は警察が来てくれるはずだ、と葵は少しのもどかしさを抱きつつ、この場から立ち去ろうとした————のだが。
「逃げるのか——? この負け犬が——」
「————アァッ!?」
背後から投げられた言葉に、葵の足は完全に止まってしまう。脳裏いっぱいに広がっていたモンブランたちも一気に消え去った。
「今——なんつった? 武田ァ」
ゆっくりと振り返る葵。その低く、唸るような声音を聞いてなお——武田という男は余裕を含ませた笑みをたたえていた。
「聞こえなかったのか? 仕方ねーやつだ。頭だけじゃなく、耳まで悪くなっちまったみたいだなァ?」
「…………」
武田の精いっぱいの煽りも、葵はただ黙って聞き入れていた。
そんな葵の姿に落胆の溜息を零し——武田は再度、口を開く。
「なら、今度は聞き取りやすくハッキリ言ってやる。——『この・ま・け・い・ぬ・が!』——って言ったん————」
その瞬間、武田の下顎に雷鳴のように鋭く強烈な『衝撃』が襲ってきた。
「————!!」
あまりにも一瞬の出来事に武田は声をあげることもできず、仰向けで宙を舞った。
(いったい、なにが……)
そう思い、眼球だけを頑張って動かすとその正体に気がついた。
怒りをこれでもかと滲ませた強烈な眼差しを向ける葵の『右ストレート』が武田の顎を振り抜いたのだ。
(——龍崎の右ストレートかァ!!)
やがてコンクリートへ背中から強く着地する武田。着地の瞬間の衝撃も合わさってかもう意識がほとんど飛びかかっていた。
「く……ッ、こう、かいするぜぇ……龍崎……ぃ」
武田は最後までニヤリと笑ったまま、目を閉ざしたのだった。
「——知ったこったねーぜ」
葵は武田が意識を失ったのを確認してそう吐き捨てた。
そして——すぐに残りの残党へと鋭い眼光を飛ばしていく。
「……ヒィ!?」
残った二人は葵の目を見ると、怯えた窮鼠のように身を震わせていた。
しかし腐っても男と言うところか、決死の叫びをあげ葵の方へ拳を振り上げ向かってきた。
(——泣くくらいなら、家帰ってろよなぁ)
目端に涙を溜めた二人の男子生徒。だが、呆気なく葵の拳で一発、二発と殴られ——横に倒れてしまう。
「はぁ……」
地面に突っ伏して動かなくなった二人の男子生徒に呆れた眼差しを向けつつ、葵は残りの一人へと目を向ける。
「あんたは?」
「俺はやめとくよ。君、強いね」
予想外にあっさりと両手を上げて見せたリーゼント頭の男。これには葵も驚き、目を見開かせてしまう。
「……なんだ意外と引き際がいいじゃねーか」
なぜか苦笑して降参ポーズをとっている男に、葵は不自然さを覚えてしまう。
(なんだこの男……)
あれだけ強いのに、なぜこうあっさりと引くのか。強さとしては武田よりも断然強いはずなのだが……。よく見れば葵の高校とは違う学ランを着ていた。他校の生徒のようだ。
葵の不安と怪訝が深まる中、リーゼント頭の男は軽く溜息を吐いた。
「そりゃ、君。ほら——後ろ」
「は——?」
両手の人差し指で葵の背後を指し示したリーゼント男。
なんのことかと振り返った葵だが——その視界に映る光景に間抜けな声を零してしまった。
白と黒の車体が頭頂部を赤く輝かせて、そこから出てくる青い制服を着た大人たちが葵の方へ向かって来ていたのだ。
「…………」
呆然と佇む葵。
見れば、赤髪の少女が青い制服の男性に保護され、こちらをチラチラ見ながら指をさして話をしていた。
「…………おー……マジか」
葵は無意識に眼下を見る。そこには倒れ伏した三人の男子生徒。その中心で佇んでいる葵はもはや逃げ場を失っていた。
「どうも、通報を受けて来た『獅子尾警察署』の者ですが————」
眼前に立った男性警官がなにか言っているが、葵の脳内は目まぐるしく回っており一言も耳に入ってこなかった。
なにせ、この状況は——葵にとって『望まぬ展開』だったのだから。
(——やべー……俺、停学確定じゃん)
そう思った瞬間。
葵の脳内は真っ白になり——胸が苦しくなるのだった。