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メリル、今後について父と話し合う




◆◇◆




 当主の部屋にある応対用のソファーにメリルを座らせて、完全に泣き止むまで少しの時間が流れた。


 その間にメイド長が後でメリルが、皆にきちんとお礼を言いたかったという事を伝えると約束し、ようやく機嫌を戻させる事が出来た。


 ジェームスもレイナによる異世界の概念を迂闊に話し過ぎてしまったと反省する。レイナの住んでいた世界は技術体系も文化もこの世界とは異なる物であり、こちらの世界でいう魔素や魔物といった物は空想上の産物であるらしいのだが、その分空想による創作が発展し様々な概念を生み出しているのだ。


 メリルに対してのこの世界には無かった呼び方も、ごく最近になって単語として定着し始めたらしい。一説によると、この新しく出来た概念によって既に脳が破壊されたという者もいて、使い方を間違えれば危険性を含んでいる恐ろしい概念なのだとか。




「ようやく落ち着けて来たようだなメリル。神子様の影響で話が逸れてしまったが、これからお前が学園を卒業するまでの間にするべき事はわかっているな?」


「はい、これからは殿下の従者から神子様の従者として務めるという事ですよね。……私としては、殿下と距離を取れる機会が出来ましたのは、良い事なのでしょうか……?」


「うーん、殿下か……私としてはこればかりはメリルのせいとは言えないな。メリルがこう育って欲しいと思った事は、殿下も、エレノア嬢も、私達家族もあるにはあるのだからな」


 父親の言葉にメリルは立ち上がり、部屋に備え付けてある鏡の前まで向かい、鏡に映った自身の身体をじっと見つめる。


「私が殿下の従者として選ばれたのは、家柄を含めた物でしょうけど、それを神子様の従者に変えようという一番の原因は、私のこの見た目が理由ですよね?」


 メリルは最近、鏡を見る事が苦手になりつつあった。自分の外見がどう見ても母親と瓜二つにしか見えない事がその理由だ。


 目元や着ている服といった部分は違うのだが、髪も、肌も、背丈も、身体の細さも同年代の貴族の令息とは違う育ち方をしていて、細い首には男らしい凹凸も無く声変わりも起こらず、それらを見て吐くため息も少女のような声である。


 まだ性の知識に疎かった幼少期の初めの頃は、メリルは母親似の自分の容姿をとても気に入っていた。幼い頃に母親が亡くなった後も、鏡を見ればそこには母がいつでもいるような気がして、気分が落ち込んだ時には鏡を見て記憶に遺る母の笑顔の真似をしていた程だった。


 その笑顔を見せれば父が優しく抱きしめてくれて、メイド達も泣きながら褒めてくれて、二人いる兄達も自分にとても良く構ってくれて、自分が母の真似をするのは良い事なのだと感じ始めていく。


 髪を伸ばせばとても綺麗だと褒められもっと伸ばすようにと大切にされ、言葉遣いも母を意識した話し方をすれば、皆が愛おしい物を見る目で愛情を向けてくれる。


 それら全ての行動は、メリル自身を心優しく穏やかな人格へと育てる事に役に立ち、ウィスティアリア家の家風にも則った物でもあったので、成長すればいずれ変化は訪れるだろうと、見た目に似合ったメリルの振る舞いに家族達も心癒されていたので、幼い子供が亡き母親の面影を求める事を誰も止める事は無かった。


 そんなメリルがアルフレッドと王城で出会い、従者となってもうすぐ十年となる。母親似の女の子のようなメリルの見た目は、正式な婚約者を決める前での女性の扱い方の練習にもなるだろうと、国王含めた上層部はそう判断していた。


 この国の建国と同時期に貴族として国を支え続けたウィスティアリア家は、現在では侯爵家の地位にあり、長い事血を途絶えさせずに来たという歴史から、サンライト王国の貴族一の穏健派としての立場も持ち合わせている。


 貴族としての地位も立場も、家柄も温厚で献身的な背景を持っている事も、従者となるには何の問題も無いと判断されてあっという間に決まっていく。


 ただ一つ、メリル自身があまりにも女の子らし過ぎて、当時からアルフレッドがメリルを見る目が怪しかったのが懸念事項であったが、幼少期を過ぎれば流石に男性的な特徴を持つようになって解消されていくだろうと、アルフレッドを除けば、メリル本人を含めた誰もがそう思っていた。




 しかしどういう訳か、アルフレッドと同じ歳で今年で十八歳になる現在、メリルは母親と瓜二つに育つという結果となってしまった。そしてそれが今現在この国の王族の婚約者選びに悪影響を齎してしまい、国の重鎮とも言える上位貴族達にウィスティアリア家が睨まれている結果となった。


 そんなメリルの考えは的中し、ジェームスはただ一言返事をして重々しく頷くしか出来なかった。


 国の重鎮とも言える貴族家は、二人の幼馴染のエレノアの実家でもあり、王国一の貴族と言われるブライトウェル家を筆頭に、分家が騎士団長を務めるグラント家、大臣を務めるバートレット家、魔法将として名声を持つブルーヘンド家等がそれらにあたる。


 彼等の家はメリル達と歳が近い子供がおり、エレノアを除けば全員男子で今は学園の生徒会の一員としてアルフレッドを支える立場にいる。その子供達もレイナの召喚に立ち会っていて、当然メリルとも面識があるのであった。


 出会ったタイミングこそそれぞれで別ではあったが、当初はある者には容姿を揶揄われ、ある者には鼻で笑われるなど、決して良い出会い方では無かった。しかし、最近ではアルフレッド同様に彼等の態度もおかしくなりつつあったりもしていた。


 アルフレッドだけでなく、他所の貴族家の後継ぎとして育てた息子達の様子すらおかしくさせてしまっているのでは、当然厳しい眼を向けられてしまう事をメリルは誰に言われずとも自然と感じ取っている。


 そんな大事になる寸前の所で、彼等と距離を置ける機会を得られた事はひとまずは助かったのだと考えつつも、果たして神子であるレイナの相手など務められるのかという不安は、メリルの胸の内に新しい悩みの種として宿りつつある。


「私は、今でもお母様の事は大好きです……幼い頃は鏡に映る自分の姿に元気を貰う時もありました。そして、その姿もいつかは変わっていくのだろうと思ってもいたんです」


 そう鏡に向かって言いながら、メリルは再度自分の姿を見つめる。困り顔で不安に胸を手で押さえる姿は、到底男性的な姿とは言えない物だった。


「私も大きくなれば殿下や他の方達のように育つのだと思っていたんです……で、ですが、十七にもなってこの姿は、私じゃなくてもおかしいって思います……!」


 やりきれない感情になり、メリルは顔を赤くして恥ずかしさで顔を俯けて震えそうになる。そんなメリルの肩にジェームスはそっと手を添えて落ち着くように宥める。


「そんなに自分の事で悩まないでおくれ。私やお前の兄達はお前の事を家族として愛しているし、家の者達も皆お前の味方なのだ。何の病気や大怪我も無く健やかに育ってくれたのだから、それで良いんだ。大好きなメリルよ」




 父親からの愛情のこもった言葉に、メリルの身体の震えは収まっていく。しかし俯いたままの顔には不安が残っており、メリルはジェームスにその不安を打ち明けていく。


「ですがお父様、私は心配なのです。最近は殿下だけではなく、生徒会の皆様も私を見て様子がおかしくなるんです……従者として城内で殿下のお側にいた時に、国王陛下ですら私を見て唸っていた事も……」


「なっ!? なんだとぉっ!? 殿下だけでなく、陛下や生徒会の者までもがっ……!?」


 突如として声を荒げた父親に対して、びくりと驚いて彼の顔を見上げてしまうメリル。


「お、お父様? 私、やはり何か大変な事を……?」


「あ、ああ、いや……そ、それはお前にばかり苦労を掛けてしまっていたようだな……し、しかし、生徒会の者達までもか……」


「そうなのです……ですから、私はもう国の深い所にはなるべくいない方が良いのではと考えてしまって。神子様のお側にいて、大丈夫なのでしょうか……」


「いや、それはお前が大変というよりかは、殿下達が変た……駄目だ、止めておこう……」


 ジェームスは何かを言い掛けた所で自重し、メリルは首を傾げてしまう。何を言おうとしたのか尋ねられる前に、彼はメリルに背を向いて咳払いをして無理矢理誤魔化して話を続ける。


「と、とにかくだ、神子様の所ならばお前は何も心配する必要は無いのかもしれないぞ。神子様曰く主神様のお許しも得ているのだ。まず悪いようにはならん」


「そうでしょうか……お父様がそう仰るのでしたなら、大丈夫なのだと信じてみます」


「問題は神子様よりも殿下達だ……自分達の息子の問題をメリルのせいにされてばかりでは、私も言わねばならない事もある……こちらは理性を保ち倫理を守り通して矜持を持たせていたのだ」


 背を向けたままジェームスが何やら妙な言い回しで独り言を言い出す。何を言いたいのかわからないメリルは、どう反応すれば良いのか戸惑っていると、父親は穏やかな顔で振り向く。


「なに、メリルには何の問題も無い話だ。お前はお前なりに事を穏便に済ませようと、今まで窮屈な格好を自主的にしてきたのを私達は知っている」


「えっ……!? そ、それは、一体? それと私の格好が、な、何か……?」


「なに、安心しなさい、そんなお前だったから味方は意外と多いのだぞ」


 まるで自分の心の内を見透かされたような感覚になったメリルは、今まで顔や態度にそれが出ていたのかと身体中をぺたぺたと触り確認しだす。それを見てジェームスは笑い出すのだった。


「お前の父をやって何年になると思う? 昔のお前はもっと可愛らしく振る舞っていた」


「ええっ!? お、お、お父様!? そ、それはっ……!」


「ここまでくればもう殆ど娘みたいなものだ。神子様の話を聞いて、私も流石に腹を括ったよ」


 父親から娘みたいだと言われ、メリルは一気に赤面して顔を両手で押さえてしまう。先程のメイド達の言葉も思い出し、自分の感情はそこまで表に出ていたのかとメリルは自覚する。


「だが、もう少し待って欲しい。お前の件は、殿下が無事に令嬢と正しく結ばれてからだ。それを理解しているから先程のドレスを躊躇ったのだろう?」


 ジェームスの言葉の意味は、メリルにとって図星だった。そこまで知られてしまえばもう素直に頷くしか出来なかった。


 自分の感情を知られてしまったのとは別に、アルフレッドを傷つけずに正しい婚約関係を結ばせる必要がある。どうすれば現状を変えられるのかと考えると共に、自分は彼をどう思っているのかをメリルは悩む事になった。

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