レイナ、部屋で自己紹介をする
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神殿内を少し歩き、神子の少女の為に用意された居住用の部屋に移る。広めにスペースを取られた部屋ではあるが、年若い少女の為の部屋に大勢の男性が許可無く押しかける物では無いと、エレノアからの指摘により、彼女の部屋に入れる男性は必要最低限の説明をするのに高位神官や王子アルフレッドといった、ごくごく限られた者しか入る事は出来なかった。
それ以外は数名の女性神官が彼女の対応をし、その他の者は別室で待機となり、神子との対面は後日という事で神官達の説明が済み次第、情報を聞いた後に解散という流れになる。
部屋に用意されたソファーに腰掛けて、まずは高位神官の話を聞く少女。
曲がった腰に顔に刻まれたシワや立派に貯えられた白い髭等、老齢の身である事を主張しながらも長い事神殿にその身を捧げ続けた結果、神官服を誰よりも着こなした老人を前にして、本格的な話をするその前にまずは名前を尋ねられる。
「それでして、神子様。我々はあなた様を何とお呼びすれば良いのか、お名前をお聞かせ願えますかな?」
「わ、私は、れ、玲奈です……天樹 玲奈って言います……」
「成程、レイナ様ですな。それではレイナ様、まずはあなた様の疑問にお答えしていきましょうか。我々が知る限りの答えられる事でしたらお答えしますので、何でもお尋ね下さい」
レイナは尚も混乱している頭で、それでも自分の置かれている状況を知る為にも必死になって色々な事を尋ねた。
この世界が自分が暮らしていた地球とは別の世界だという事。レイナがこの世界の神と呼ばれる存在との親和性が極めて高い存在である事。この儀式は数百年に一度という期間で行われている事。その他諸々の疑問に思った事を尋ねに尋ねたのだった。
「話はなんとか、わかり、ました……それで、神子としての役目ってどれ位続いていくんですか……?」
「それは、大変申し訳無いのですがな、我々でも正確にはお伝え致しかねますな……この世界で神子としてのお役目を与えますのは主神様ですので、我々の使命はレイナ様の身の回りを何不自由無く支えるのが務めでございます」
そう言って深々と頭を下げる高位神官。その答えにレイナは何かを考えているような難しい顔をして、少し静かになる。そして考えた後にある事を尋ねた。
「ねえ、それで主神様って存在に神子としての役目を与えられる時って、どういった時に起きるの?」
「ふむ、言い伝えによりますとこの国で生活し、少し日にちが経てばある時、天から何者かの声が聴こえるようになると伝えられております。それが主神様であると先代の神子様の証言も文献に残っている筈です」
「へえ、じゃあさっきから私の頭に何か語り掛けて来る声の主が、主神様って事なのかな?」
レイナの発言に、部屋の中にいる全員に衝撃が走る。高位神官も驚きを隠せない表情となり、静かに話を聞いていたアルフレッド達も思わず目を見開いてしまう。
「さっきから神官さんの話に合わせて、誰かがずーっと補足説明みたいな感じで何かを言って来て、誰なのかなーって困ってたんですよね」
「なっ!? なんとっ! そ、それは恐らく主神様のお言葉であろうかと思いますぞ!」
困る仕草をするレイナに対して、感極まった様子でこの事態に思わず声を上げる高位神官。
老人は数歩レイナに歩み寄り、より詳しく状況を知ろうとしていた。
「そ、それで、レイナ様! 主神様は一体あなた様に何を仰っているのですか!?」
「うーん、なんだか、こんなに自分の声を聴ける子は今までいなかったから、後で詳しい話を主神様自ら直接したいみたいですよ……?」
信仰する主神自らが直接説明すると言われてしまい、高位神官の老人は先程までの高揚した雰囲気から一気に固まってしまう。
「そ、それでは……主神様自らが神子様に語ると仰るのでしたなら、ワシの今後の役目は当分ありませんなぁ……」
自分の立場がより上の立場の者に丸々取って代わられた悲しさや、前代未聞の出来事に立ち会えた喜び等、老人の身になるまで長年生きて来た人生の中でこれ以上無い程の感情の波が押し寄せる中、複雑な表情で当面の役目を終えたであろうと思った高位神官は部屋を後にする。
「では、アルフレッド殿下、レイナ様との今後の交流は殿下にお任せしましたぞ……」
「う、うむ。だがそれでも、貴殿の長年の知識や経験はレイナ嬢が神子としての使命を果たす上で必ず助けになる筈だ。まだこれからも貴殿に任せたい事はある」
「今は殿下のそのお言葉だけでも有難く思いますぞ……長い事生きますと、想像の遥か上の出来事等、そう滅多には起きませぬ故、ワシの身では少し休まねば今後の事も出来ますまいて」
アルフレッドは部屋を退出しようとする高位神官に対し、他にもやって貰いたい事があるとこれで役目が終わった訳では無いと、励ましの言葉を掛ける。
これからの神子との交流の部分で主体となるアルフレッドからそう言われた老人は、まだ自分にも役目があるのならばと、衝撃的な出来事に対して何とか奮起した面持ちで部屋を出るのであった。
自らの置かれた状況については、主神自らがより詳しく説明してくれるというので、レイナの現在の心境にはかなりの余裕が出来ていた。
彼女の頭の中にだけ語られた話には、この世界の人間は基本的に自分に危害を加える事は無いのだと徹底的に説明されたので、今ではエレノアと呼ばれた令嬢への印象も改善されていて、その容姿の美しさに改めて感心していた。
そんな彼女がアルフレッドに連れられて、これから話をするのにソファーに腰掛けても良いかと尋ねて来る。レイナはそれを首を縦に振って頷き返事をする。
レイナの対面にエレノアが座り、側面にアルフレッドが座る。ごく自然な近い距離に美男美女がいる事に彼女は内心で心躍り興奮していた。
「いやー、アルフレッド、さんでしたっけ……? 殿下って呼ばれているって事は確か相当凄いお人なんですよねっ!? そっちのエレノアさんも改めて見ると凄い綺麗な美人さんで、私なんかが同じ席に座ってて良いのかなぁって思っちゃいます、えへへ」
ニヤケ顔になりながらそう言うレイナを見て、召喚の儀式の部屋で見た彼女と、随分と雰囲気というか印象が変わったなと感じるアルフレッド。
彼女の心に余裕が生まれた事により、本来の素の性格が大きく出て来たからなのではあるが、主神の声は彼女にしか聴こえていない為疑問に思いつつも、先程の事もあるので対応は依然エレノアに任せている。
「お褒め頂き有難うございます、神子様。わたくしの名前の方も既に憶えて頂いて光栄ですわ。改めまして自己紹介といきましょうか、わたくしはエレノア・ブライトウェルと申します」
「俺はアルフレッド・サンライトゲートだ。この国、サンライト王国の第一王子になる。これからよろしく頼んだぞレイナ嬢」
「これはご丁寧にどうも、私は天樹 玲奈って言います。天樹が苗字で、玲奈が名前といった感じになります」
三人はそれぞれ自己紹介を行う。レイナは横にいるアルフレッドを見て、本物の生王子なんだと感激し、対面にいるエレノアを見て、王子様と一緒にいるご令嬢となるともしかしてそういう関係なのかと、頬を紅潮させて一人でに盛り上がっていく。
異世界の神子と聞いて、アルフレッドの中では目の前にいる少女と当初自身が想像していた神子像とでは、大きくかけ離れてしまって行く事に唖然としていた。
本人を前にしてこう思ってしまうのは失礼であると感じながらも、最初に自分達を見て怖がっていた姿の方が想像に近かったと思うのであった。初めて見た時に感じた自分に近しい存在なのかと思う程のあの神秘性は何処に行ってしまったのかと、一人ふにゃふにゃとした笑みを浮かべるレイナをただ見ていた。
一方で、エレノアはそんな彼女を見て、優雅に微笑んでいる。アルフレッドと違い、全く表情を崩さずその内面を他者に悟られないように振る舞っていた。ただ、その目は面白そうな者を見つけたといった感情を秘めており、これからの自分達の人生を楽しくしてくれそうな期待に満ちた物であった。
アルフレッドは長い付き合いでそれを理解しているので、エレノアに対しては何も言わずにいた。
そんな自己紹介を経て、レイナはある事に気が付いた。そう言えばまだもう一人とびっきりの美人さんがいたなと思い出す。
その姿は絶世の美少女と言わんばかりの外見をしながらも、何故かどういう訳か全く似合っていない男物の服を着ていた人物がいた事を思い出す。その人は一体何処に行ったのかと部屋を見渡すと、出入り口の手前に立ち、ただ静かに自分達の様子を見つめていた。